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目指す次の行き先は、人気のカフェだ。慣れないヒールでいつもより歩幅の小さい菜花に手を差し出すと、彼女は「ハルちゃん。紳士~」と笑って私の左腕に絡みついた。
心臓がどくんと跳ねたせいで目が合わせられず、信号を気にする振りをしてそっぽを向く。
三年間、上手に友達付き合いをやってきたのに、今日はついに……と意識した途端、これまでどうやって接していたのかわからなくなった。現実の恋愛は、漫画のように器用には運ばない。
くっついて歩く菜花の目線が、道路向かいのショーウィンドウに注がれるのに気づいた。
「菜花。まだカフェに行くには時間が早いし、本屋に寄っていかない?」
「えっ。あたしも、ちょうど寄りたいなと思ってたの。シリーズ新刊の発売日なんだ~」
脇目も振らず書棚へ一直線に向かう菜花の後ろを、のんびりとついてゆく。
平積みされていた新刊を手に取ったあと、そのまま他の本の背表紙に目を這わせる彼女は、こうなっては小一時間何も耳に入らない。
菜花のお目当てだったシリーズの表紙。それは過激なガンアクション描写が話題になった流行りのサスペンス小説で、本来の彼女の好みからは外れるはずだが、新境地を開拓すべく努力しているのだろう。
私はその本を元の通りにそっと置き、児童文学のコーナーへ向かった。
書店のガラス窓に、ぽつ、と雨粒が当たる。これだから天気予報は当てにならない。
雨が降ると思い出す。
親しくなって間もない中学二年生のとき、菜花は日本語翻訳されていないイギリスの児童文庫を読もうと奮闘していた。夢中になるととことん突き詰めたがるオタク気質の彼女は、たまにそうやって無茶な挑戦をする。
あの日、誰も来ない図書室で菜花はカウンターに突っ伏して叫んだ。
「駄目。行き詰まっちゃって全然先に進めなーい!」
「どこがわからないの?」
「ここの、主人公の母親の台詞。“She will be right as rain in few days.”ってどういう意味!? ハルちゃん、助けて!」
「どれどれ。えーと、これは、風邪を引いた主人公の具合を尋ねたボーイフレンドへの返答だから、この場合の翻訳は『彼女は二、三日で良くなるわ』、だと思う」
「ええっ。“right as rain”を直訳すると『雨のように正しい』かと思ったんだけど……それでどうして、そんな意味になるの!?」
「英語ならではの言い回し、所謂イディオムってやつ。“right as rain”は『良い状態』あるいは『正しい状態である』という意味のイディオムで、語源は、雨は真っ直ぐ降るものだからとか、イギリスの天気は雨が降っているのが普通だからとか、色んな説があるんだって」
「すごーい。ハルちゃん、やっぱり頼りになる!」
すぐに教えてあげられたのは当然だ。
毎日辞書を片手に頭を悩ませる彼女の力になりたくて、こっそり同じ本を購入し自宅で読破したのだから。
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