45人が本棚に入れています
本棚に追加
空が翳り、視界が悪くなる。
隣で菜花の顔がぱっと明るくなるのがわかった。
「あっ、裕君……」
バイトを終えた同級生が店の裏口から現れ、こちらを見て手を振った。
「あれ。菜花ちゃん。ハルも。もしかして俺を待っていてくれたの?」
「う、うん。えっと、その」
私は菜花の背を押し、裕に寄せた。
「バイト、もうすぐ終わるって言ってたし。今日は、裕に話したいことがあるんだよね?」
菜花は何度も頷く。
「そうなの? あ、じゃあ三人でファミレスでも行く?」
「う、うん」
「私はパス! 悪いけど、用事あるからさ」
「えっ、おい、ハル!」
「じゃーね!」
傘も差さず、水溜まりを踏むのも構わず、私は一直線に走り出す。大通りを、駅前を、通学路を、畦道を一心不乱に抜け、息が切れて立ち止まったとき、私の両脚は跳ねた泥でぐちゃぐちゃに汚れていた。
菜花は自分に向けられた好意に対して、とことん鈍い女の子だ。
だからこのあと彼女の告白は上手くいくだろう。菜花は気づいていないけど、裕はどう見たって菜花が好きだから。
彼氏みたいな女友達の立ち位置は、今日を以ておしまいだ。
だって本物の彼氏がいれば、それで十分。
今日は、菜花が片思い中の同級生、裕に告白する日。
進級して受験が本格化する前に想いを伝えたいのだと菜花が打ち明けてくれたのは、春休み前のことだった。
彼が好きそうなコーディネートを揃えてあげて、一緒に偶然を装ってバイト先のカフェに行き、裕のシフトが終わるまで待つのに付き合う……というのが今日の計画。
自分に自信を持つため変わりたいと努力する菜花に協力したい気持ちに嘘はなかった。
同時に、裕への嫉妬心も、私の恋心を一切察してくれない菜花への憎悪も本物だ。
菜花は、私に釣り合うようになりたいと言ったけど、私なんか自分を良く見せるために必死で、好きな人に想いを伝えるどころか、彼女が他の人に告白するのを手伝って。
こんな道化師みたいな自分が大嫌い。
だから、自分の心にいつでも素直な君に憧れたんだよ、菜花。
最初のコメントを投稿しよう!