1. 教科書からの使者

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1. 教科書からの使者

 朝の澄んだ青空の下、夏を思わせる多湿の風が金の髪を優しく包む。力強く地面を踏みしめる音が、広々とした運動場に解き放たれる。 「吉良(きら)ぁー!タイム縮んできたぁー!その調子ー!」 顧問のハスキーボイスが、金髪の持ち主へ矢のように飛んでいった。  シャーペンと紙の摩擦音が教室を支配する。水色の長袖ワイシャツ姿の男性が、床の上に置かれた大きなカバンを避けながら机の間を歩いていく。男性は辟易した表情を携えながらメガネを右手で上げて、口を開いた。 「鳳来寺(ほうらいじ)ー、もう三年で受験生なんだぞー。ボクの授業で寝るなー」 「……ふぁい? 無機質なシャーペンの音が笑い声でかき消される。左右の耳の上にドーナツのように巻いた金髪の真ん中から垂らした髪が、机の上でくったりとしている。机に突っ伏せて寝ていた吉良は上体をゆっくりと起こし、目を擦りながら変な声で返答した。 「あ、『おとわん』おはよー」 「おはよーはさっきやったから、いい加減起きてくれるかな、ほ・う・ら・い・じ」 『おとわん』と呼ばれた男性は嫌味を垂らしながら注意するが、吉良は『おはよー』を告げて再び机の上に髪を垂らした。 「もーいい……。じゃあ例33の解説を」 授業は吉良を置いて先に進んだ。
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