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001:雪が降る庭園にて
白い雪がチラチラと舞っている。そんな寒空の屋敷の中庭で私は正拳突きを放つ。
「はっ!」
正拳突きを放った後は受けを行う為に腕を掲げ、更には手刀を繰り出す。
「はっ!」
手刀を下げたら今度は、一歩だけ足を下げて前蹴りを放つ。
「しっ!」
私の吐く息が宙を舞い、空へと吸い込まれていく。大気との温度の差から体表からは湯気が立ち上り、身を切るような気温も心地よく感じるほどだ。大量の汗が皮膚を伝い落ちていく。
形稽古が一通り終わった頃。私のもとに一人の女性がやってきて言った。
「エレスティーナお嬢様! 何度言ったら分かって頂けるのですか? その奇妙な踊りは止めてくださいと再三注意したはずですが?」
奇妙な踊り違う。とは言え彼女にそれを訴えるのも、もはや何度目か分からない。私は彼女の言葉を聞き流して挨拶する。
「ふぅ。おはよう。ミセス・ウルネリー」
すると家政婦のウルネリーは小さくを溜め息を吐いて返事をした。
「おはようございます。エレスティーナお嬢様」
そう答えてからミセス・ウルネリーの小言が始まった。
「エレスティーナお嬢様。貴女はこの冬には伯爵家の姫として社交界デビューして、そこで婚約者の侯爵家嫡子ランバレット様とご対面なさるのです。それなのに自宅では奇妙な踊りばかり! 社交界で噂になったらどうするおつもりですか?」
それ、もう聞き飽きた。
私は肩を竦めるだけの返事に留める。
するとミセス・ウルネリーが深い深い溜め息を吐いた。お互いに、このやり取りには飽き飽きしているのだ。
はぁ。領都に帰りたい。王都は何かと窮屈だ。
何より、この王都の屋敷を預かる家政婦のミセス・ウルネリーが何かと鬱陶しい。家政婦とは、小間使いと乳母を除く、全ての女性使用人の最高位。
彼女たちは既婚、未婚問わずミセスと呼ばれ大変に恐れられていた。この屋敷にいるミセス・ウルネリーも当然のように恐れられている。
私は、そんな彼女に言う。
「ねぇ、ミセス・ウルネリー? 何度も言ったけど私は結婚なんてする気はないのよ。分かってくださらない?」
そんな会話を交わしている私に小間使いが一人がタオルを手にスススとやって来た。
先程の型の練習で大量に汗をかいているのだ。それなのに外気は冷たい。汗はとうに冷えてきっている。
それで風邪をひくのを懸念した小間使いが気を利かせたのだろう。
私は思わず本音を漏らす。
「いっそのこと風邪で休めないかな……」
その言葉を聞いたミセスは、やはり溜め息を吐くのだった。
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