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ホテル内にあるイタリアンレストラン。
落ち着いた店内の窓側の席はパーテーションで遮断され他の人の目が気にならない。テーブルの上のキャンドルがゆらりと揺れて、テーブルの上に影を落とす。
カイさんの言うとおり、すごく美味しい白ワインにアンティパスト。
食べ物に釣られた訳じゃないけど、さっき感じたイライラが落ち着いて来た私は、目の前に座るものすごく上質なスーツを身に纏い綺麗に食事をするカイさんを鑑賞してる。…目の保養になるのは間違いない。
目の保養、目の保養。
言い聞かせながら私はグラスに口をつけた。
「カイさんの知ってる私ってなんですか?」
「ああ、そうだな…。佐藤もも、国立大学美術学部被服科四年、親元を離れ市内一人暮らし。スポーツジムでアルバイト中。食べるのも飲むのも好き。イタリアンと白ワインを特に好む。スニーカーや服が好き、特に紳士服に興味あり。ハイブランドのコレクション動画を漁るのが好き。体を動かすのが好きだが趣味は映画鑑賞と読書。映画はアクション系、本は推理小説を好む。弟が一人、高校生。最近彼女が出来た。両親の出身は……」
「ストップストップ、ストップーーー!」
思わず頭を抱える。
「待ってください、それ全部…」
「この三年でももが俺に話した内容だ」
「わっ、私おしゃべりですね…?」
「まだあるぞ」
「いえ、もう大丈夫デス…」
いくらなんでも心を許しすぎではないだろうか…私。
「で、ももは俺の何を知ってる?」
「え」
カイさんがグラスをゆらりと傾けながら私をまっすぐ見つめてくる。その表情は物憂げで、店内の薄暗い明かりがカイさんの美貌を際立たせているようだった。
「…名前、しか知りません」
そう、私は何も知らない。
いつもいつも私のことばかり話して、カイさんのことを聞いたことはない。
「そうだな。俺はいつもももに質問ばかりしてたし、自分のことを話したり…聞かれたことはない」
「…」
「別に特に隠し事とかはないんだが、ももは俺に興味ない?」
「え」
「俺は興味ある。もものことなら何でも」
カイさんが目を伏せグラスに触れる。長い指がグラスのステムを撫でる様をじっと目で追った。
「知りたいと思ってる。色んなこと」
ああ、心臓が破裂しそう。どうしてこんなにもこの人は素敵なのか。
「聞いちゃ、いけないと思って」
「何故?」
「だって、そんなの…」
あなたを知りたいなんて、言える訳ない。言ったら最後、私は絶対に後戻りできなくなる。
「もも」
俯いてグラスに視線を落とす私の手に、カイさんの手が重ねられた。その掌の熱が私に移ってくるみたい。
「何を気にしてる?」
真っ直ぐ私を見つめるその瞳は、何かを確信してる。きっとこの人は、私が歩み寄るのを待っていたんだ。この三年、ずっと。
「…カイさんの、仕事は何?」
「経営者」
「なんの?」
「…」
今度は私がカイさんの手を握り返した。そのまま黙るなんてずるい。逃がさないぞ、という気持ちを込めてじっと見つめると、カイさんはふっと口元を緩ませた。
「ランジェリーメーカーの」
「………はい?」
「だから、もものインターン先の」
「………いや、違うでしょう、あの…」
代表取締役は女性。確かに、佐藤だったけど…。ちょっと待って、なんで私のインターン先知ってるの?
「今の取締役は俺の母親。俺は四月から取締役に就任する」
「えっと…」
「ちなみに俺の弟もデザイナーとして勤務してる。ももはもう直接やり取りしてると思うぞ」
「えっと…?」
そう、確かに面接した人は男性で、でも凄く女性的な、中世的な美しさを持つ人だった。そう、あの人も佐藤さん。社長は母親だって笑ってた…な……?
「全然似てないですね…?」
「そこかよ」
ははっと声を出してカイさんは笑うと、握っていた私の手に長い指を絡ませてぎゅっと握った。心臓がドキドキする。
「ジムでも会ったことあるだろう。気が付かなかったか?」
「え? いつ…」
「時々迎えに来るだろう、車で。入口で待たせてもらってたよな」
んん? ちょっと待って、え……
「…あの、髪の長い…モデル体型の…」
「そうだな、本人がデザインした商品身に着けて実際モデルもしてたからな。あながち間違いじゃない…って、もも? どうした」
私は手でできる限り顔を隠した。だって片手は捕まってるから! 引っ込めようと引いてみてもびくともしないんだもの!
私は盛大に勘違いしてたってこと? ずっとあれはカイさんの…
「…お、奥さんとか…恋人かと…」
「俺にそんな相手はいない。まあ、あいつは確かに線も細いし髪も長いからな。女性に間違われることもあるらしいぞ」
「だってそれだけじゃないですよ!? スカートとか…」
「ジェンダーレスなんだよ」
「そ…」
そうですネ…確かにそういう例えようのない美しい人だったけど…。
「…もも? もしかして…それで、俺に興味持たなかった?」
カイさんのまっすぐな視線が痛い。私は顔が熱くなるのを抑えられず何とも返事のしようがなかった。絶対顔が赤い。
もう、お願いだから今は見ないで!
「もも」
その甘い声に、私は恥ずかしさで泣きそうになりながら、やっとのことで頷いた。
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