307人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「もも、何さっきから同じところ拭いてんだ」
頭上から声が降って来た。見上げるとカイさんがタオルを首にかけ怪訝な顔で見下ろしている。
「あ~、すみません、使います?」
「…いや、もう上がる」
「そうですか。お疲れさまでした」
「もも」
「? はい?」
「あの入り口にいる男はももの彼氏か」
カイさんが視線だけ入り口に向けた。ここからは見えないはずなのに。
「は…はあ!? 違います!」
「いつも、ももの帰りを待ってるだろ」
「い、いつも…!? 全然違います! 変なこと言わないでください、困ってるのに!」
「困ってる?」
「う、あ…その」
しまった。
慌てて目を逸らすもすでに遅く。カイさんは私の顔を片手でグッと挟み自分に向けると、意地悪そうにニヤリと笑った。頬を挟まれた私は唇がひよこみたいにぴよっと出る。
ちょっと! 何してくれんのよ! ジタバタと暴れてその腕を引きはがそうと掴む…ケド動かない!
「ひゃにふふんへふは!」
「聞いてやるから、ほらこっち来い」
「ははひへ!」
カイさんに頬を挟まれ休憩室に引きずられていく私を、マダムたちが生温い笑顔で見ていた。
どうして誰も助けてくれないの!?
マダムたちに恨みがましい視線を向けても、誰も助けてはくれなかった。
* * *
「それをストーカーって言うんだろう」
痛む頬をさすりながら渋々事の経緯を話す私を黙って見下ろしていたカイさんは、大きなため息を吐き出し眉根を寄せた。なんで私がそんな不機嫌な顔をされなければならないのか!負けじと私も不機嫌な顔をする。
「そう…なんですかネ…」
「危機感がなさすぎる」
「あ、ありますよ、ナオと一緒に帰ったり…なるべく一人にならないように気を付けてたし…」
「今日はどうするつもりだったんだ」
「え、あのそれは…」
「無計画」
「…う…」
言葉に詰まり膝に視線を落とす。おっしゃる通りです、ハイ。
「送ってやる」
「はい……え?」
「家まで送るから待ってろ。もうすぐ終業だろ?」
「あ、あのはい、でも…」
「風呂入って汗流してからだけどな。ももはどうすんだ」
「あ、私はスタッフ用のシャワーを使います…」
「そうか。支度が出来たらスタッフ用のスペースで待ってろ。ふらふら出てくるなよ。俺が上がったら連絡するから、ほら、連絡先」
カイさんは、さも当たり前のようにスマホを差し出してきた。
「え」
「これ俺の連絡先。今ここにかけろ」
「え、は、はい」
示された連絡先に電話をしてカイさんは着信を確認するとさっさと私の番号を登録した。
「じゃ、また後で」
呆然とする私を置いて、カイさんはロッカールームへ戻って行った。
最初のコメントを投稿しよう!