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支度が終わってラウンジに行くと、カイさんがすでに待っていた。他の会員がチラチラとカイさんを見ている。なんなら頬を染めるマダムまで。
「行くぞ」
「な、ななななんですか、その格好!?」
「何って、仕事終わりに寄ったから仕事着」
ダークグレーのミドル丈のウールコートに同じ色合いのスーツ。
スリーピースをきっちりと着こなし、光沢のある黒のタイを締めている。
纏うコートもスーツも、その身体の線を美しく拾いカイさんを引き立てる。細身のパンツは長い脚を更に長く魅せ、足元はシルエットの綺麗なピカピカに磨かれた黒い靴、黒の革手袋。
ファッション誌からそのまま飛び出してきたみたいな姿。…手にはスポーツバッグ持ってるけど。
ていうかそのコート、アレじゃない? この間のコレクションで発表されてたやつじゃない!? え、コートの袖に腕通してない人、生で初めて見たよ!! 超カッコいいけどさ!?
一体トータルでいくら掛けているんだろうと、つい頭の中で計算に走る貧乏学生の性よ…
「か、カイさんてナニモノ…??」
私がリュックを抱きしめてそう問うと、ニヤリと口端をあげて意地悪な顔をした。
「俺に興味ある?」
「いいえ、どちらかと言うとスーツに興味ありますネ」
「はっ、可愛くないな」
カイさんはそう言うと、私の頬にかかる髪を耳にかけた。その近さに心臓が跳ね上がる。
「髪、意外と長いんだな。いつも纏めてるから」
「し、縛れる方がお仕事の時楽なんです」
「ふうん。…私服も初めて見た。そのスニーカー限定のやつだろ?綺麗に履いてるな」
「そうなんです! 知ってます? これ!」
「知ってる。買うだけで履かないヤツもいるけど、大事に履いてるんだな」
「そうなんです! バイト代頑張って貯めて買ったんです! すごい、カイさんっていい人ですね!?」
「おい、俺はずっといい人だろ」
カイさんは声を出して笑うと私の頭をクシャリと撫でた。その仕草にまた、心臓が音を立てる。
そんな私のことなど気が付かないまま、カイさんはさっさとゲートを抜けて外へ出た。辺りを見回して私を振り返る。
「車で送るから」
「え、車? あの、お迎えは…?」
「今日は自分で来てる。こっちだ」
スタスタと前を行くカイさんの後を小走りについて行く。その間、キョロキョロと辺りを見回してみたけど、あの人は見当たらなかった。
「カイさん、あの、もうあの人いないみたいなんで…」
「いいから乗れ」
カイさんはそう言うと、真っ黒でピカピカの外車のドアを開けた。ガイシャ…ちょっとよく分からない。
助手席に乗せられてシートベルトを締める。なんかもう、何をどう突っ込んでいいのか分からない。
もう何が分からないのか分からない…
「どうした?」
運転席に乗り込んで来たカイさんが押し黙る私を不思議そうに見た。私は思わずため息をつく。
「いえ、なんか…カイさん、本当なんでうちのジムに通ってるんですか?」
「なんでって…安いから?」
「え、そこ!? こんなに高級なものに囲まれてるのに!?」
「別に俺の趣味じゃない。これにしろって言われてるだけだ」
ナニソレ…妻または恋人の趣味…かな? いやうん、センスいいけどやっぱり財力ないと無理だよ、コレ…。
ナオが見たら興奮しそう。
何だかこれ以上聞いてはいけないような気がして、私は窓の外の流れる景色を無心に眺めた。
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