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暫く車を走らせて到着したのは、最近できたばかりの新しいホテル。ニュースで何度も取り上げられていて、部屋もお洒落で朝食にも力を入れている、どうしても泊まりたいとナオが言っていた場所だ。
「ここ、高いんじゃ…」
「普通だ」
「普通!?」
車止めに車を寄せて、近付いて来たホテルマンに鍵を渡す。リュックを腕の中に抱え込んだままの私は場違いも甚だしい。きらきら、きらきら。
綺麗に着飾った女性や仕立てのいいスーツを身に纏った男性がゆったりとラウンジで寛いでいるのが見える。
視線を落とすと自分の履いているスニーカーが視界に飛び込んできた。お気に入りで大切に履いてるスニーカーだけど、今は惨めに感じてしまう。
「もも、ほら」
「ま、待ってくださいカイさん、私こんな高いところ…」
「気にするなって言ってるだろ。俺からの謝罪だ」
その言葉を聞いて、胸の内にモヤモヤと溜まっていた嫌な気持ちが首をもたげる。なんかムカつく。
「…っ、だからっ、何に対する謝罪ですか!? 私を助けるためだからって、あんなことしたから!? ほ、本当に気にしてないと思います!?」
「お、おい、もも」
「ふ、不快な訳ないじゃないですか…」
悔しくて涙が出そう。惨めで悲しくて悔しくて、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの。
カイさんが眉間に皺を寄せて私を見つめてる。この人はカイさんだけど、私はそれ以外何も知らない。
高級スーツを着るカイさんも、外車に乗るカイさんも、相手がいるのに私にあんなキスをするカイさんも。
どれも私の知らないカイさんの姿。
「……もも、少し話をしよう」
「…なんでですか」
「話がしたい」
いつもと違う少し弱ったような声。顔を上げると、置いて行かれた子供のような風情で一人佇んでいる。いや、大型犬といった風情かも。
「……お腹空きました」
「ふっ、…イタリアンだな。白の美味いのもある」
「…どうして」
「前に言ってただろう。白ワインが好きだって。…俺は他にも色々知ってる」
そう言って一歩近付くと、私の髪を耳にかけた。その指はそのまま、私の耳朶をなぞり頬に触れる。
「ももは俺の何を知ってる?」
ハイセンスなホテルのラウンジから漏れる柔らかな明かり、カイさんから香る香水。
晩秋の冷たい風が頬を撫で、でも触れる指先が燃えるように熱い。
「何も…」
「じゃあ、美味いワインでも飲もう。…頼む、話だけでも」
最後の言葉は掠れていて。
その懇願するような声に、私はひとつ頷いた。
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