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「承知致しました。では結論から申し上げます。四の五の言わず求婚しましょう」
「きゅう、こん……?」
少尉は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で軍曹を見詰めた。
「そもそも貴方は少尉です、華族子息です。大企業のご令嬢とはいえ所詮は資産家の娘。しかも貴方は次男でお家の跡目問題も現状ないとくれば寧ろ何の障害がありますか」
「待て待て! 私にそんな卑怯な真似が出来るか!」
「卑怯ではありません! 宜しいですか、これは戦術です。格上の貴方が一言嫁に来いと言えば、断られる道理など『一切』ありません。そこまで本気であられるのでしたら、誰かに取られてしまう前に躊躇なく召し上げてしまわれるのが得策です」
「出来ない……」
「少尉!」
「出来ないと言っているだろうがッ!!」
少尉は声を荒げて机を拳で打ちつけた。衝撃で崩れた書類の山を見て軍曹は唖然とした。
「……小夜さんの気持ちを無視するくらいなら、こんな恋なんかいらない」
少尉はあまりにも青臭い言葉を口にして机に顔を伏せた。
「──すまない、せっかく相談に乗ってくれたのに大声を出したりして……情けない。本当に。でも君のお陰で結論が出た気がする。ありがとう、私はもう大丈夫だ」
「左様ですか」
鹿島軍曹は気丈に振る舞わんとする若き上官を憐れむような瞳で見詰めた。
──このお方はこんな状態で果たして事務仕事などができるのだろうか。では一度事務仕事を離れてみた場合、少しは負担が減るのだろうか。
鹿島軍曹の脳裏にある事柄が浮かぶ。しおらしく書類を積み直す少尉に向かい、世話焼きの軍曹はやおら口を開いた。
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