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「で、どうよ。仕事は」
「上々です」
都司さんは多くを語らぬ素振りをみせた。
「つらいとかねえの」
「つらいですよ。悪習を正す事から始めていますから。親父のやり方を一つも残したくなくて」
都司さんは真っ黒なコーヒーをそっと見詰めた。
「──僕の店で折檻は許さない。商品価値を貶めるから」
恭は都司さんを真っ直ぐに見据えた。
「……そういう建前がなければ女子供が平気で痛め付けられる仕事なんて、やっぱりろくなもんじゃありません。殆ど獄卒です」
強い言葉を使う時の都司さんは綺麗だ。
いつもの優しい笑顔の下にこんなに鋭利な冷徹を、まるで着物の裾を合わせるように丁寧に畳んで仕舞ってある。
脆く危うい彼の言動はしばしば周囲の関心を誘ってやまず、恭でさえもその例外ではなかった。
都司さんは背広の胸に手を入れ、ふと瞬きをした。それから向こうのテーブルにいる女給さんに向かってもう一度ゆっくりと瞬きをした。
可愛らしいエプロンを付けた女給さんが振り返る。都司さんの顔を見るなり一度カウンターに寄り道をして、まるで戯れを望む犬のようにいそいそと寄ってきた。
「君、一つくれるかい。生憎と切らしてしまって」
女給さんは長い手を包むようにマッチを渡すと、熱っぽい視線を都司さんに注いだ。
「この間も君だったね。覚えていてくれたのかい」
女給さんはにっこりと微笑んだ。
都司さんは狐のような目を細めて笑うと、女給さんの手付きを真似てお札を握らせた。そして隣に座ろうとする肩を優しく制し、諭すように顔を傾け彼女の丸い目を覗き込んだ。
「それは燐寸のお代だよ。仕事の手を止めてごめんね。行っていいよ」
女給さんは少し残念そうな笑顔を浮かべて、それから元来た道をゆっくりと戻っていった。
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