【番外編】浅草オペラ

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【番外編】浅草オペラ

 残暑も(ようや)く潮時かと思われる九月の末、恭は都司さんと連れ立って帝国劇場を訪れた。ロシア大歌劇団による人気演目『椿姫』は都司さんのお気に入りで、『ファウスト』に並び何度も観ているという。  都司さんは私と違い車での移動を好む。けれど、恭と会う時は決まって電車に乗っていた。  観劇の後、過ぎた日を取り戻すように二人は今日も電車に揺られた。銀座で下車した二人は、昼食とも夕食ともつかない時間をどうするか暫し相談した。 「近くだとそこの主人(オーナー)、ちょっと知り合いなんですけど寄りますか。食事とれますよ」 「ここ? 冗談だろ」  恭は都司さんの真顔を見つめて閉口した。 「飲んでも良いですよ。ライオン像が吠えるまで奢ります」  都司さんは真顔で冗談を言った。  ──カフェ・ライオン。明治44年創業、人気作家や著名人も多く訪れる銀座の名店だ。このカフェの女給には美人が多く、男性客へのサービスが売りの一つとなっている。  店内を見渡せば、花柄の着物に白いエプロンを着けた女給たちは男性客にぴったりと寄り添い、お酌をしながら話し相手になったり、昼にしては旺盛な料理を持って目の前をたえず往来していた。  恭は観劇のため着慣れぬ背広を着てきたものの、自分のような男はこんな小洒落た店には不釣り合いだとつくづく思った。  都司さんは茜さす窓に背き肘掛けに手を置いた。それから淡々と食べ進める恭をちらりと見て、小さな顔をアンニュイに傾け口を開いた。 「愉しかったな。オペラ、好きなんです。暗い所に素敵な装置(セット)がたくさんあって。日常では絶対に着ないような服を着て、皆で歌いながら話をしている。その雰囲気がなんとも言えず落ち着くんです」 「ふーん」  恭はフォークで柔らかなエッグオムレツを切りながら、先程観てきた『椿姫』の冒頭を思い浮かべた。
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