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後編「ラズベリーフレイバー」
(UnsplashのToa Heftibaが撮影した写真)
男の眼が相手を見据えて、キラリと光った。
膝の上できれいに重ねた両手がゆれ、小指がちいさく、飛び跳ねた。
「いけませんか? 僕は自分のオーダー=注文を言っただけです。
いや、ヒトの肝臓なんておいしくない。
味を知っていますから、もうどうでもいいんです。あ、すい臓はかなり美味しいですけどね」
しかし相手は、静かに答えただけだった。
「そうですか。それで、オーダーはどうしますか?」
男は急に会話に飽きたようだ。どさりと体を椅子に投げ出していった。
「いちおう尋きますが、一番人気は何ですか?」
相手は書面を指さした。
「このあたりですね。やはり『速いもの』が人気ですよ」
「……そうでしょうね……時間がかかるものは、ちょっとね」
「それから――」
相手はつづけた。
「『きれいなもの』も人気です」
「映え(ばえ)……ですか」
「撮影しますから、ビジュアルを気にされる方はいますね」
はあ、と男はため息をついた。
「こうなると、選べるのも困ります」
「あえて選ばず、『基本形』の方も多いですよ」
「『基本形』……ああ、このリストか。絞首刑……電気椅子……薬物注射……これも数が多くて迷いますね」
死刑囚はゆっくり顔を上げた。
20×0年、日本の死刑は本人の希望で執行方法を選べるようになった。
明日、執行されるのは、7件の殺人および死体損壊(遺体の一部を食べた)男だ。
グレーの制服をきちんと着た刑務所の事務官は、丁寧にメニューを閉じて男に尋ねた。
「それで――ご注文はいかがなさいますか?」
男は目を閉じて答えた。
「あなたに手を握っていてもらいたい――最後の瞬間まで」
刑務官が書類にオーダーを書きこむペンの音が、狭い刑務所の事務所に響いた。
「では、薬物注射にしましょう。
薬剤はピンクでラズベリーのフレイバー付きですよ……」
【了】
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