前編「結局あなたの趣味嗜好」

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前編「結局あなたの趣味嗜好」

9b993576-4985-4d99-958f-c723093d3697 「——では、先にお飲み物をお伺いしましょうか」    そういわれた男は、少し驚いた顔で相手を見た。  いつもと同じグレーの服をきちんと着た相手は、いつもと同じフラットな表情だ。上着のボタンは一番上まで留められている。  男は、おそるおそる尋ねた。 「飲み物が、出るんですか?」 「もちろん出ます。水、フレッシュジュース、シャンパン、ブランデー、ワイン。明日は食事も選べますよ。あなたにとっては特別な一日ですから」 「……ああ。そうですね、特別な一日ですね――僕にとっては」  男は手渡された表を見た。 「ずいぶん、たくさんあるんですね」 「ええ。人によって趣味嗜好が異なりますから。宗教的な要素も含まれますし、体調やアレルギーもかかわってきます」  それを聞いて、男はおかしそうに笑った。思わず声が裏返る。 「……体調やアレルギー?」 「ええ。意思表示をすることは大切な権利です」 「意思表示。僕はこれまで、意志を尊重してこなかったのかもしれません――とくに他人の意志を」  ちら、と相手の顔に何かがよぎった。  驚いているのか、それとも男の変化をゆるやかに受け止めているのか。  いずれにせよ、一瞬だが相手の表情が変わったのだ。  それにつれて、声音も変化した。やわらかく、やさしく。男を励ますように。 「さて、それではご注文をお聞きしましょう。たとえどんなオーダーが出ても、あなたのご希望に1000%したがいます」 「では、夕食にはあなたの肝臓をキドニーパイにしていただきましょうか。 ヒトの肝臓は適切に処理しないと、臭みが残ってまずくなります。 下処理には時間がかかりますから、今すぐ『解体』を始めていただきましょうか」  はあ、と相手は息を吐いた。 「結局、それなんですね、あなたの趣味嗜好は――」
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