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妙に感傷的になったせいで胸が苦しくなり、星空を見上げた。
海は話もせず隣を歩いている。黙っていると海への気持ちが膨らんでどうしようもない気持ちになる。俺は頭の中で、海が好きだと繰り返している。
どこかの家から、あけましておめでとうございます! と女性の声が漏れ聞こえた。テレビかな。年が改まったのだ。今年も最初に挨拶をするのは海だ。俺は嬉しさを隠して海を見た。
「……俺も好きだ」
急に海が言った。意味が呑み込めなかった。海はまっすぐ前を見たままだ。今、なんて?
やがて意味が頭の隅々に行き渡り、俺は全身が沸騰したように真っ赤になった。
「……俺も、って?」
海がようやく俺を見て不思議そうな表情をした。
「理樹が……お前が好きだって……」
「言ってない。どっかのテレビの声は聞こえたけど」
「は?」
海の顔がさっと赤く染まり、マフラーで顔を覆った。
「うそ、空耳かよ」
空耳すぎるだろ。だいたい、あけましておめでとうをどう聞いたら、お前が好きだに聞こえるんだ。しかも声が全然違う。……いや、そんなことを考えている場合ではない。俺はパニックで誤りそうになった軌道を元に戻した。このままでは単なる事故的誤解で終わってしまう。
「理樹、今のなし。忘れて」
海が顔を背け、俺は慌てて腕を掴んだ。
「言ってないけど、頭の中では言ってた」
マフラーで顔を覆ったまま海の目だけがこちらへ向いて、俺は怯んだ。後退りそうになったが、押し返せ、と謎の応援団が俺の背後から励ます。もう、今、言うしかない。
「俺も、海が、す……好きだ」
顔が熱くて燃えてしまいそうだ。海をまともに見られなくなり、俺はうつむいた。
「大丈夫か」
大丈夫かじゃない。急に言うな。空耳に答えるな。でもそういうとこも。
好きだ、と言った声がかすれた。ネジが飛んで壊れてしまった。ため込んでいた想いが甘いあられみたいに弾ける。好きなんだ。ずっと好きだったんだ。海のことが。
海が俺の頭にぽんと手を乗せた。
「理樹。あけましておめでとう」
「……おめでとう」
「今年もよろしく」
「よろしく」
「ずっと、よろしく」
「あ、え? ずっと?」
海は困った表情をして、ぐいと俺の腕を引いた。
なんでだ、なんか思っていたのと違う、と考えながら海の顔が近づくのを見て、俺は目を閉じた。
けれど街灯が灯るだけの暗闇でしたはじめてのキスは、そんなことどうでもよくなるほど甘く俺を溶かしてしまった。
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