部活帰り①/con dolcezza

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部活帰り①/con dolcezza

圭くんの肩に添えた手に、少しだけ力をいれた。 周りの景色が見えなくなり、時が止まったように感じる。 ふと、僕はこのまま自分で自分を抑えられなくなりそうな感覚に包まれた。 そして我に返るように、肩に添えた手をそっと離した。 「…圭くん、ごめん!」 「…ううん、大丈夫だよ!」 (これは……) 「…ね、須賀くん、まだ時間大丈夫?」 「…うん、平気。」 「良かったら寄り道して帰らない?もう少しお話ししたいし…。」 「いいよ。」 僕たちは学校のすぐ近くにあるファストフード店に向かう事にした。 外はすっかり暗くなっていて、帰宅する人や車があわただしく道を行き来している。 新緑の季節だけど、夜の風はまだ少しだけひんやりと感じる。 ”いらっしゃいませー!” お店に入ると、あたたかい照明と香ばしいポテトの匂いに包まれた。 ちょうどお腹が空く時間でもあるので、軽く何かを食べたい。 「須賀くん、どうする?何か食べる?」 「うん、お腹空いてるからチョコパイも注文する。」 「チョコパイ!いいね。僕はアップルパイにしよう。」 ”大変お待たせしました!” 女性の店員さんがテキパキと、隙のない笑顔で商品を渡してくれた。 「外から見た感じだと、どこかには座れそうだよね。」 「そうだね。」 店内は8割くらいの座席が埋まっている。僕たちは少しでも会話がしやすそうな座席を探した。 ちょうどタイミングよく、食事を終えて席を立つ、窓側テーブル席の先客を見付けた。 「良かった、座れるね。」 「うん。」 普段からテイクアウトで利用する店だけど、こんな風に誰かと来るのは中学生以来だった。放課後にこんな過ごし方もあるのかと思うと新鮮な気持ちだ。 「須賀くん、窓側に座って。」 「え、圭くんが窓側に座っていいよ。」 「ううん、須賀くんこっちの椅子だと通路側に出ちゃうでしょ?(笑)」 「ありがとう(笑)」 そうなのだ。 ここのお店はそれほど広いわけではないので、体の大きい僕が通路側の座席に座ってしまうと、通路をふさいでしまうのだ。 いつもテイクアウトで済ませるのはこういう理由もあるからだ。 2ccc90ff-f057-4ff6-a127-8ec885625bc5 席に着くと、僕たちはさっそく飲み物で乾いた口を潤した。 「須賀くん、今日は体験に来てくれてありがとう!あと片付けまでしてもらっちゃったね。」 「こちらこそ、色々ありがとう。行ってよかったよ。」 僕は本当に体験入部に行ってみて良かったと感じていた。 温かいパイの入った容器を開けながら、久しぶりに緊張したり、感動しながら過ごしたさっきまでの時間を思い返した。 「熱っ!」 「須賀くん、大丈夫?!」 「ん…大丈夫、またやっちゃった。チョコパイ好きなんだけど、いつもチョコレートが熱くて…、気を付ければいいのに、食欲に負けてやっちゃうんだ。恥ずかしい…。」 「意外だね!かわいい…(笑)。」 「全然、かわいくなんかないよ…。馬鹿だよ。」 「そんなことないよ、須賀くんの意外な一面が見れた(笑)。」 圭くんは、口の周りにアップルパイの生地をくっつけながら笑っていた。 僕からすると、圭くんの方がかわいいと思えた。 「圭くん…僕の事、下の名前で呼んでくれないかな?」 「下の名前で?」 「うん。僕って、バリアみたいな独特なオーラがあるから、苗字で呼ばれることが多いんだけど…、仲良くしたい人とか、身近にいる人には気を使わせたくないから…。」 「バリアなんて感じてなかったよ?」 「…でも、絡みにくいでしょ?」 「最初はおとなしい人なのかなって思ってたけど、自然に話せるよ?話してみると意外な一面が見れて面白いし、今もチョコが口の周りについてるし(笑)。」 「うわ、また失態。…圭くんもパイ生地ついてるよ?(笑)。」 「えっ?!(笑)」 二人とも慌てて口の周りを拭いた。 「何だか特別な感じがして嬉しいな。それじゃ、今から聡くんって呼ぶね!」 「うん、よろしく。」 自然に話せるのは僕も同じだった。 最初は戸惑ったけど、圭くんのペースに引き込まれるうちに、いつの間にか僕も色々と話せるようになっていた。 チョコパイのサクサクとした触感と、程よく溶けたチョコレートを味わいながら、僕は心地よい時間に包まれていた。
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