部活帰り②/con sentimento

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部活帰り②/con sentimento

「圭くんは、どうしてみんなから下の名前で呼ばれるのかな?」 僕は素朴な質問をしてみた。 「僕もよく分からないんだけど、小さい頃から下の名前で呼ばれてたよ。幼稚園とか、小学校の時から一緒の友達もいるから、自然に下の名前で呼ばれるのかも知れない。」 「確かに、圭くんの周りは同級生が多いね。みんなに慕われてるんだね。」 「呼びやすさもあると思う。中学の時は、イニシャルで『K』って省略される事もあったし(笑)。」 「なんだか羨ましいな。僕とは正反対。」 「須…、聡くんは西中(西上中学校)のバレー部だったよね?仲間も多かったんじゃない?」 「一応、試合の成績は残せたんだけど……顧問の先生がかなり厳しくて、部活以外での繋がりって無かったんだ。1年生が入部してもすぐに辞めちゃう状況だったし。僕が2年生の時なんか一番酷くて、全部で10人もいなかったよ。」 「えっ?!一桁って事?!」 「うん。西中のイメージと違うでしょ?」 「聞いてびっくりした!」 「そんな状況だったから、僕たちが3年生に上がった時は、仲間を増やしたり後輩の面倒を見たり、結構頑張って環境を変えたんだ。」 「そんな事があったんだね…。知らなかった。」 「もう後輩にバトンタッチしてるけどね。…今は燃え尽き症候群みたいな感じかな。…あ、僕の話はどうでもいいよ。」 「そんな事ないよ、もっと聞きたい!」 8e7781ef-6785-4438-bd45-be46c29c491d 「毎日ぼーっとしてたから、話す事なんかないよ?…それより、圭くんは中学の時とかどうだったの?一中の吹奏楽は全国大会に行く強豪校でしょ?」 「うん、一中(第一中学校)はとても厳しかったよ。」 「全国大会ってすごいよね。」 「先生が熱心だったし、卒業した先輩とか、講師の先生とかも来てくれて、必死だったよ。でも楽しかった!」 「その時は大変だけど、いい思い出だよね。」 「うん!」 「普段は一中ではどうだったの?」 「うん……。」 一瞬、圭くんが悲しそうな表情をした。 「あ、ごめん!余計な事を聞いちゃった…」 (……しまった。最悪だ……自分。) 「ううん、大丈夫。……部活は楽しかったけど、実はクラスではあまり馴染めてなかったんだ。」 「……そうだったんだ。ごめんね、もう聞かないよ。」 「ううん、もう過去の事だから。……ちょっとだけ話すとね、とても仲が良い友達がいたんだけど、クラスメイトからからかわれるようになっちゃって。付き合ってるんじゃないか?とか。」 「……。」 「あ!僕の方こそごめん、重い話ししちゃった。…聡くん、そんな深刻な顔しないで!」 圭くんは、すぐに元の笑顔に戻って、パラパラとパイ生地を落としながらアップルパイにぱくついた。 僕が知ってる圭くんは、いつも笑顔で周りから慕われている存在だったから、さっきの話はとても信じられなかった。 僕はこれ以上聞くのをやめた。 相手の世界に必要以上に干渉しない性格は、こういう時に役に立つものだ。 それに、何よりも圭くんの悲しそうな表情を見たくなかったから…。 「……聡くん、さっきの僕の話しの事まだ考えてるでしょ?」 「いや……考えてると言うか、嫌な気持ちにさせちゃって……」 「優しいね。聡くんなら話しても良いんだけど、こんな話面白く無いし、聡くんの方が悲しくなっちゃいそうだから辞めておくね(笑)。もう気にしないで。」 「うん(笑)。」 「そうだ!今日の合奏練習の時、先生に指されて聡くんが書いた“聴く”っていう漢字!あれってすぐに浮かんだの?」 「ああ、あれね。最初に思い浮かんだのは“聴く”の方だったよ。」 「どうして?」 「うんとね……」 僕たちは、今日の合奏練習の事から、トロンボーンのパート練習、いま取り組んでいる楽曲の“アパラチアの春”、他にも色々な話をした。 もともとそんなに時間は無かったけど、あっという間に20時近くになり、二人とも帰らなければならなくなった。 「そろそろ時間だね、まだ話し足りないな。」 「あっという間だったね。」 「あ、そうだ!連絡先交換しよ?!」 「うん、いいよ。」 食べ終わったトレイを片付けてお店を出ると、駐車場の車の数もまばらになっていた。 「楽しかったね!」 「僕も楽しかった。また来よう。」 「うん!それじゃまた明日!またねー!」 「またねー!」 少し歩くと、さっそく圭くんからメッセージが届いた。 『聡くん、今日は来てくれて本当にありがとう!!良いお返事を貰えて嬉しい!また明日からよろしくね⸜(*ˊᗜˋ*)⸝✨🎼』 (…圭くん。) 僕はすぐに返信した。 『僕の方こそありがとう!明日、阿部先生の所に入部申し込みに行くね。これからもお世話になるのでよろしくね(._.)』 阿部先生や、金管パートのみんなの驚く顔が想像出来た。 圭くんと一緒に部活ができる。 「はぁ……。」 僕は溜め息を吐いた。 人は楽しいような、嬉しいような時でも溜め息が出るのだと知った。 (早く明日にならないかな。)
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