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週末の2人①/lieto
入部してから数日が経過した。
少しずつ環境にも慣れて、部員の顔や部活全体の流れが掴めてきたところだ。
まだまだ個人練習では音を出すのが精一杯だったが、好きな楽器や音色に包まれて過ごすのは心地が良かった。
練習を終えて入念に楽器の手入れをしていると、ふとあることに気が付いた。
(みんな自分の道具を持っているんだな。高野さんは楽器そのものが自分の持ち込みだし、中村先輩は楽器以外は一式揃えたみたいだし。)
自分が今使っている道具は、部で購入したものや卒業していった先輩たちが残してくれたものの他に、中村先輩が貸してくれているもので賄っている。
「あの、中村先輩。」
「何ー?」
「道具を貸してくださってありがとうございます。」
「全然、いいんだよー?」
「いえ、僕もそろそろ揃えなきゃって思うんですが…。」
「気にしなくていいよ!慣れてからでもいいんじゃない?」
「はあ。」
中村先輩は気を遣わせないようにやさしく答えてくれた。
それでも、自分の道具をそろえて部活に取り組むという憧れもあり、何とか自分で揃えたいと思った。しかし、揃えるとしても何をどのようにしたら良いかわからない。
ちょうどそこへ、片付けを終えた圭くんがやって来た。
「聡くん、お疲れ様!もう片付けは終わった?」
「あ、圭くんお疲れ様!これをケースに仕舞ったら終わりだよ。」
「だいぶ慣れてきたみたいだねー。」
「うん…。」
「どうしたの?」
「慣れてはきたんだけど、そろそろ自分で何か道具を揃えたいと思って。」
「道具?まだ急いで揃えなくても大丈夫じゃないかな??少しずつ揃えていけば?」
「中村先輩にもそう言われたんだけど、やっぱり自分の道具があった方が僕としても良い気がするんだ。」
「聡くん、すっかり部員になってるね!そういう事なら納得。お手伝いするよ?」
「…?」
「あのね、今週末に駅前の楽器店に行くんだ。良かったら、聡くんも一緒に行かない?」
「楽器店、行きたい!」
「良かった!決まりだね!その楽器店は昔からうちの高校がお世話になってるみたいで、学校で買った楽器はみんなそこのお店のなんだって。定期的にメンテナンスにも来てくれているみたい。」
「そうだったんだ。それなら今使っているトロンボーンの事も教えてもらえるかな?」
「もちろんだよ!このバストロンボーンはうちの学校で買ったものだから、ちゃんと記録が残されてるはずだよ。」
「なるほど!それなら楽しみだね。」
「うん!お店に行くと担当の人がいるから、道具の事も、楽器の事も、考えて相談に乗ってくれると思う!」
「楽しみだな!」
「楽しみだね!待ち合わせ場所とか時間は、また後で決めようね!」
「うん!よろしくね!」
2人は今度の土曜日に会う約束をした。
―土曜日 9:53 駅西口—
とても穏やかに晴れて、風も少なく心地の良い朝である。
新緑の木々が行儀よく並ぶ駅の広場は、待ち合わせの人々や、大きなスピーカーを肩から下げて政策を訴える人で賑やかである。
(気持ちの良い朝だな。)
先に待ち合わせ場所に着いたのは聡である。
彼は、V字の白いインナーシャツに紺色のカーディガンを羽織り、下は黒いスキニーパンツを穿いて、黒いシューズを履いている。もともと中学校でバレーボール部の選手だったこともあり、首から胸元にかけてのラインがスマートで、無駄のないシャープなデザインの服がしっくりとはまっている。
「聡くん、おはよう!!お待たせー!」
圭くんが駆け寄ってきた。
彼は、指先まで隠れるようなゆったりとしたクリーム色のカットソーに、下はグレーのワイドパンツを穿いている。スニーカーの紐にはかわいらしい模様が施されていて、細かい部分に圭くんらしさが表現されている。
「圭くん、おはよう!」
「わ!かっこいい…」
圭くんは、聡の足元から頭のてっぺんまで這うように見つめ、普段の制服姿からは想像もつかない聡の姿に感動していた。
「圭くんこそ、”いまどきの男子”じゃん。」
「いまどきって…聡くんも変わらないよ(笑)。」
「そうだね(笑)。でも、圭くん似合ってる。なんか、言葉が適切かどうかわからないけど、かわいいよ。」
「ありがとう。聡くんも、かっこいい!やっぱり体格がいいんだね。」
お互いに普段の制服姿しか見たことがなかったので、しばらくは照れ臭さと新鮮さが折り重なる雰囲気に包まれた。
「それじゃ、行こうか。案内するね。」
「うん、よろしくね。」
目的の楽器店までは徒歩で3分の場所にある。
二人は新緑の並木坂を歩きながら、今週の学校での出来事や、これから行くお店についてなど、他愛もない無垢な雑談をして歩いた。
「着いた、ここだよ!」
「立派なお店だね。いつも通りかかることはあっても、近くで見るのは初めてだよ。」
「ふふっ、それじゃ入ろう!」
”いらっしゃいませー!”
「お!圭くん、こんにちは!今日はお友達と一緒かな?」
「はい!最近入部してくれた須賀くんです!」
「それは良かったね!おめでとう!このまま順調に音楽仲間が増えていくといいね。」
「本当にそう思います!あ、聡くん、このお店でうちの高校を担当してくださっている鈴木さんだよ。」
「は、はじめまして、須賀です。」
「アイーダ楽器店の鈴木と申します。須賀くんですね、どうぞよろしく!」
鈴木さんは40歳前後の男性スタッフで、とても爽やかな笑顔とスマートな身のこなしが素敵な方だ。
「鈴木さん、今日は須賀くんから楽器の事や揃えたい道具の事で色々相談したいんです。よろしくお願いします。」
「かしこまりました!須賀くん、楽器は何かな?」
「バストロンボーンです。」
「バストロ!あのバストロンボーンに、やっと奏者が来たんだね。」
「僕は経験者ではないですが…。」
「そんな事気にしなくいいんだよ!経験がない方が、素直な気持ちで音色に耳を傾けられるからね。それより、今日は初めてうちのお店に来てもらったから、ゆっくりお店の中を見ていってね。僕はカウンターの中にいるので、何かあれば声をかけてね!」
「はい、ありがとうございます!」
「聡くん、良かったね!僕はこれからフルートの調整をしてもらうから、鈴木さんの方に行ってるね!」
「うん!」
僕は新ためて店内を見渡した。
あたりまえだけど楽器がたくさん並んでいて、上品な空間で満ちている気がする。何かの記事で呼んだことがあるけど、楽器は一つひとつ職人の手で仕上げられているから、この時代になっても個性を失わないのだと。
僕は一通り見て回り、揃えたいものをいくつかピックアップして、鈴木さんへ相談した。
「圭くんが言うように、一度に揃えなくても大丈夫ですよ。例えば、今使っている譜面台やチューナーについては、学校で購入して頂いているものでも十分に品質が高いですから。大会が近づいてきた時に、個人練習を増やすタイミングでも良いと思いますよ。もし、物品で揃えるのでしたら、毎日楽器の手入れで使用するものですね。トロンボーンの場合は、スライドの滑らかな動きが重要ですから、まずはスライドオイルなどは消耗品として揃えるとよいですよ。」
「なるほど、そうですね。」
鈴木さんは初心者の僕でも分かるように、丁寧にアドバイスをしてくれた。
僕は鈴木さんが提案してくれた通り、まずは毎日使うスライドオイルと、楽器を磨くためのクロス、そして楽譜を保管するためのファイルを購入した。
「圭くん、お待たせ!とりあえず、今必要なものを買えたよ。」
「良かった!必要なものがあったら、また鈴木さんに相談しよ!」
「うん!」
”グゥウウ……ギュルルルルル………”
「うわっ!ごめん……」
「聡くん、お腹空いたの??」
「うん…。お腹空いた。」
「ふふっ!僕もだよー。お昼には少し早いけど、一緒にゴハン食べに行かない?」
「うん、行きたい。」
”ギュルルルルル………グゥ……”
「やばい…。」
「聡くんのお腹、元気だね。早く何か食べないとね(笑)。」
「恥ずかし…。」
「かわいい(笑)。どこ行く?聡くんは何食べたい?」
「…肉かな……。」
「肉?!…肉かぁ…ステーキ、焼き肉、ハンバーグ…」
「ハンバーグ!」
「ハンバーグがいいんだね!?僕もハンバーグ好きだよ。」
「ごめん、圭くんは他に食べたいものがあるんじゃない?」
「ううん、実は僕もハンバーグ食べたいんだ。ふふっ。」
「ありがとう。良かったら、僕がいつも行くファミレスはどうかな?」
「聡くんが行くお店?行きたい!」
「良かった。ファミレスなんだけど、店は広くて読書とかできるし、ハンバーグが美味しいから。」
「楽しみー!」
「それじゃ今度は僕が案内するね。」
「はい!よろしくお願いします。」
”ありがとうございましたー!またお待ちしております!”
二人は店を出ると、先ほどの並木道を下って歩いた。
普段は無口で隙のない高校生活を送っている聡だが、先ほどのように無防備な反応を見せたり、子どものように素直な表現をする姿が、圭くんにとってはたまらなく愛おしく映るのだった。
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