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週末の2人②/piacevole
「ここから歩いて近くだよ。近道してもいい?」
「うん!楽しみ。」
坂道を少し上って路地裏を抜けると、人気の少ないエリアが広がっている。
静かな住宅の中に、小洒落たお店がいくつも点在していて、今日みたいに天気の良い日は散歩をするのにちょうどよい。
100メートルくらい歩くと、木製のA型看板が見えてきた。
「圭くん、ここだよ。」
「あ、ここ!」
店名やロゴを見ると首都圏で展開している有名なファミリーレストランであることに違いはなかった。しかし、ここの店舗は造りが凝っていて、この街に馴染んでいるようだった。店の中も混雑しておらず、居心地もよさそうである。
「こんなところにもあるんだね!僕、知らなかった。聡くん、どうやって見つけるの?」
「散歩かな。読みたい本を持って散歩するんだけど、人気の少ないところを目指して歩いていると、偶然見つけることが多いんだ。」
「聡くんらしくていいね!」
「入ろう!お腹すいちゃった。」
「うん!」
”カラン、カラン…いらっしゃいませー!”
「2名様ですね?」
「はい。」
「お好きなお席をお選びいただけますのでどうぞ!」
「あ、ありがとうございます。」
「圭くん、どこがいい?」
「あのテーブル、空いてるからあそこにしよう!」
「いいよ!」
2人はバッグと買い物袋を座席の奥に置くと、ワクワクしながら腰かけた。
「圭くん、メニユー見ていいよ。僕はもう決まってるから。」
「もう決まったの?!すっかりハンバーグの気分なんだね(笑)。」
「うん。」
「んとね…僕これ!チーズハンバーグ!」
「あ、僕と同じ。」
「聡くんもチーズハンバーグなんだ!チーズおいしそうだもんね。」
「うん、早く食べたい(笑)。」
「ふふ(笑)。」
「ドリンクもつけるよね?」
「うん、のども乾いた!」
「それじゃ、お店の人呼ぶね。」
”ただいまお伺いします!”
優しそうな女性の店員さんがやって来た。
「いらっしゃいませ、ご注文ですね。」
「はい、このチーズハンバーグセットをドリンク付きで二つお願いします。」
「かしこまりました!ドリンクはセルフサービスとなっておりますので、あちらのドリンクコーナーからご利用ください。」
「はい。」
「ご注文は以上ですね?」
「はい。」
「それではお時間いただきます、お待ちくださいませ!」
「飲み物一緒に行こ!」
「うん、行こう!」
2人は飲み物を用意して席に着くと、アイーダ楽器店でのことを話した。
店員の鈴木さんがとても親切だったこと、上質な品揃えに、これから徐々にアイテムを増やしていく楽しみができたこと。
休日にこんな風に誰かと、共通の楽しみについて話せることが嬉しくて、聡にとっては空腹さえも楽しい時間だった。
「お待たせいたしました!チーズハンバーグでございます!チーズが溶けて熱いですから、お気を付けくださいませ。」
”ジュウウウ!……グツグツ……”
「美味しそう!!…聡くん、気を付けないとね(笑)。」
「だね(笑)。」
「(笑)。ご注文は以上でしょうか?」
「あ、はい。」
「失礼します。」
「いただきます!!」
「食べよー!」
アツアツで美味しい料理ほど、焦らされてもどかしいものはない。
2人はとろとろに溶けたチーズハンバーグを気をつけながら食べ始めた。
「美味しい!!」
「ん。」
聡は溶けたチーズに気を付けながら口いっぱいに頬張り、無防備な表情でモグモグと味わうと、豪快にゴクッ!と飲み込んだ。
そんな聡の食事の様子が圭くんにとっては新鮮で、なんだかとても魅力的に感じるのだった。
「……。」
「圭くんどうしたの?まだ熱い??」
「…ううん!聡くんって、美味しそうにゴハン食べるんだなって思って…。」
「??…だって美味しいよ?」
「そうだよね!美味しいもんね!…(聡くん、素直…笑)。」
(圭くん、気に入ってくれたかな…??)
“食事をしながら会話を楽しむ”…という事は頭ではわかっているけど、食事に夢中になるとなかなか難しいものだ。特に、溶けたチーズ料理の時だと、チーズが冷めて躍動性を失ってしまう前に口に入れてしまいたいと焦るので、なおさらだった。
2人は時々「美味しいね。」「暑くなってきた。」と、言葉を交わすのみで、あっという間に目の前のチーズハンバーグをお腹の中に流し込んでしまった。
「美味しかったー!」
「良かった、気に入ってもらえたみたいだね。」
「本当に美味しかったよ!また来たいもん!」
お腹が満たされ、2人は満足感に包まれた。
「聡くん、さっき買った楽譜ファイル、いよいよ『アパラチアの春』をしまうことができるね。」
「うん、実は今日も楽譜持を持ち歩いてたんだけど、大きさもぴったりで問題なさそう。」
「良かったね!色も素敵だし、使いやすそう。」
「早く使いたいよ。でも、採譜がまだまだなんだ。動画もいくつか見てはいるんだけど、音質が十分じゃなくて…。それに、余計な動画まで見ちゃうから…。」
「そうなんだ。…もしよければ、僕の家に来ない?」
「圭くん家に?」
「うん!素敵な演奏をするオーケストラのCDがあるんだ!」
「それはいいな!行きたい。それに、楽譜を追うときに色々と圭くんに教えて欲しいし。」
「そんな、教えられることは少ないけど、とにかく音もクリアで良い演奏だから一緒に聴いてみよ!」
「うん、ありがとう!それじゃ、よろしく。」
「ぜひ!楽しみだなぁ。」
2人は残り1/3となったグラスの飲み物を一気に飲み干すと、早々と荷物を持って店を出ることにした。
「お会計が2,000円でございます。」
「はい。」
「あ、聡くん、これ…。」
「いいよ、今日はタカノ楽器さんを紹介してもらったし。それに、予定より全然買い物しなかったから(笑)。」
「なんか、悪いな…。」
「気にしなくていいよ。」
「それじゃ、ここはお願いします。今度、美味しいチョコレート差し入れするからお礼させてね。」
「チョコレート!?それは期待する(笑)。」
「ふふ(笑)。」
「ICカードでお願いします。」
「かしこまりました。」
”ピピッ!”
「ちょうど頂戴いたしました。レシートです。」
「あ、レシートは大丈夫です。」
「ありがとうございました!」
「ごちそうさまでした!」
2人は自転車を取りに行くために、駅の方向へ歩いた。
「ふふっ(笑)。」
「ん?どうしたの?」
「聡くんって大人っぽいんだね。背も高いから僕のお兄さんって感じがする(笑)。」
「うーん…もしかしたら年を取るのが早いのかもしれない。」
「ええー?そうじゃないよー。なんか、安心感があるよ?」
「そうなのかな…。」
「そうなの!」
2人は駅に着くと、圭くんの家に向かって走り始めた。
圭くんの家は、駅から1キロ先の国道を超えて海の方向に有る。
「ここから15分くらいだよ。車が多いから気を付けてついてきてね。」
「うん。」
商業エリアを離れると国道にぶつかった。
さらに国道を超えると、その先には長い直線道路が続いている。
ここまで来ると車は少なくなり、あとは緩やかな下り坂に任せるだけだ。
僕らは一気に坂道を下った。
海に近いせいか、ちょっぴり冷たい風が僕らの体を撫でて通りすぎていく。
目の前を走る圭くんは、ほんのり茶色いふわふわの髪の毛をなびかせている。
「もうすぐ着くよ!あの青い屋根の家!」
「うん!」
ほどなくして、2人は青い屋根の家に到着した。
そして、正面の門から入ってすぐ右の駐輪スペースに自転車を止めた。
「ここに止めて!」
「うん!」
駐輪スペースの周りには色とりどりの花が植えられていた。
「今日は両親が出かけてていないから、遠慮しないで入ってね。」
「ありがとう。」
「ただいまー。誰もいないけどね(笑)。」
「…お邪魔します。」
「2階へどうぞ。」
”トン…トン…トン…”
階段をらせん状に上がると、突き当たりに扉があった。
「ここが僕の部屋。」
「あ、失礼します。」
「学校じゃないんだから(笑)。狭くて汚いから恥ずかしいけど…どうぞ。」
圭くんの部屋はシンプルにまとめられていた。
ベッドの枕元には何のキャラクターかはわからないけど、可愛らしいぬいぐるみが置いてあった。扉には有名な吹奏楽団の演奏会のポスターが貼ってある。
「椅子が一つしかないから、ベッドに座って。」
「ありがとう。」
「ごめんね、本当はラグとか敷いてくつろげるようにしたかったんだけど、僕の姉さんが広い部屋を使ってるから。せまいよね…。」
「全然!そんなことないよ、僕の部屋も同じ広さだもん。」
「そうなの?ちょっと安心した。聡くんのお部屋って、なんか凄そうだったから(笑)。」
「普通だよ(笑)。」
「今度行ってみたいな。遊びに行ってもいい?」
「いいよ。僕の家は高校から近いから、朝早い練習の時とかに来てくれるといいよ。」
「わ!楽しみー。…あ、それじゃさっそく、曲を再生するね。」
「うん、僕も楽譜出すよ。」
「これこれ。すっごく素敵なオーケストラなんだよ!」
圭くんは楽しそうにCDをセットすると、軽快な手つきで再生ボタンを押した。
”…♬♩”
弦楽器の厳かな旋律が響いてきて、クラリネットの透明感のある音が部屋中に響き渡った。
僕はとても感動して、一瞬にして惹きつけられてしまった。
楽譜を追うはずだったのに、スピーカーの方へ釘付けだ。
「うわっ、いい音…。」
「でしょ?!僕たち吹奏楽には出せない音だよね。」
「うん、原曲ってこんな感じなんだね。」
「うん……ね、聡くん、隣座ってもいい?」
「…え?いいよ?むしろ、一緒に聴こうよ。」
「うん…。」
「…??」
圭くんは僕のすぐ隣に座った。
そしてすぐに、僕の体に寄り添うようにして柔らかくもたれかかった。
「聡くん、ごめん!」
「圭くん……!」
圭くんの体から、木漏れ日のようにあたたかい体温が伝わってきた。
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