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愛実は、いつも下ネタに加わらない冬人が対応できる話題なのかと、その顔を覗くけれど、冬人は気にする余裕もないようだ。
「……高校生になってから」
愛実と檸檬は、また顔を見合わせた。
「……ん? 何が。」
「え、だから、舌……」
三人の間を沈黙が走る。
「はああああ!?」
とうとう檸檬が立ち上がって叫んだ。
「そんでお前、今は一緒に住んで四六時中チュッチュしてんのか!? そりゃもう実質付き合ってるっつーんだよ」
「四六時中なんてしてないよ。夜寝る前だけだ」
「リア充爆発しろ」
騒がしいカフェテリアの中ではそれほど声も響かないが、突然立ち上がってそれなりの注目を集めている檸檬を、まあまあ、と座らせて、愛実が尋ねる。
「それでなんで冬っちは、恋愛だと確信できないのさ?」
「それは……」
少し考え込んだ後、冬人は話し出す。
「僕ら、普段遊んだり喋ったりしてる時は、すごく普通の友達って感じなんだよ。だから、わざわざ恋人になる必要あるのかわからなくて……」
「そりゃ友達同士みたいに遊ぶカップルだっているだろ。お前らの恋愛はそういうパターンなんだって思えばいいじゃん」
檸檬が意外にまともなことを言う。
「うーん、そうなのかな。他に恋愛経験もないから、何が恋愛で何がそうじゃないのか判断がつかなくて……」
しかし冬人は、まだ迷っているようだ。
ひとまず愛実と檸檬が出した結論は、「今度その幼馴染みと会わせろ」だった。内心の思惑は、愛実も檸檬も同じだ。どうやら恋愛に疎すぎて関係が進まなくなってしまっているようなので、自分たちが直接会って後押ししてやればいいんじゃないか、と。
「ところで……夜寝る前、とかぬかしてたけど、まさか一緒に寝てるなんて言わないよな……」
檸檬の探る視線に、冬人は目を逸らして答えた。
「だって大地が淋しがるから……」
「リア充爆発しろ」
愛実もさすがにもう檸檬を止めなかった。
「ふーくん見て!」
ベッドに腰かけてスマホを見ていた冬人の肩に、ほとんどぶつかる勢いで、大地がもたれかかってくる。示されたスマホ画面を見ると、大地の実家で飼われているトカゲの「タマ」の動画が流れていた。
「マムが送ってくれたんだ。ほらー、めちゃめちゃ可愛い顔してる」
正直、冬人にはトカゲの可愛さはあまりわからないけれど、大地の家で触れ合ううちに「タマ」にだけは少し愛着が湧いている。大きな目と笑っているような口が、なかなか愛嬌があるようにも思えてきた。
「元気そうでよかったね」
「うん!」
と強く頷きながら冬人を見る大地の笑顔に、冬人も思わず笑みがこぼれる。この無邪気な幼馴染みこそが、目下の冬人の悩みの種、名はラドラム大地。日本生まれの日本育ちだけれど、父がアメリカ人、母が日本人でバイリンガル、同じ大学の国際学部情報グローバル学科に通っている。
子どもの頃から一緒にいるのが当たり前で、高校も大学も当然のように同じところを目指して、一緒に上京し、一緒に部屋も借りて、当然のようにルームシェアを始めてしまった。
ここに来て今さら二人の関係の微妙さに戸惑うのも、おかしな話かもしれない。もしかしたら自分は、考えないように、疑問を持たないように、自ら蓋をしていたんだろうか。けれど、一緒に暮らすようになって、少しずつ何かが変わってきているような気がする。
「ふーくん、もう寝る?」
「うん、大地がシャワー終わったら寝ようと思ってた」
二人でベッドに入って、リモコン式の部屋の灯りを冬人が消す。ベッドはこの部屋に引っ越すときに、二人の親がお金を出し合ってプレゼントしてくれたものだ。同じ形の二つのシングルベッド。当初はその間にサイドチェストを置いていたけれど、二人暮らしが始まった夜、二人とも舞い上がって、眠ろうとしても話が尽きず、邪魔くさくなってサイドチェストをわきによけてベッドをくっつけてしまった。シンプルな形の二つのベッドは、上手い具合にピッタリくっついて、ちょうどダブルベッドのようになった。
翌日、大地は言った。
「ねえ、このままにしといてもいい? 一度くっつけたのを離すのって、なんか淋しい気がする」
だから二人は今も、ダブルベッドのようにくっついたベッドで一緒に眠る。境界線が曖昧になった布団の中で、大地がこちら側に体を向けて横たわっているのが、暗闇でもわかる。
「おやすみ、ふーくん」
「おやすみ、大地」
それからお互いに体を引き寄せ合って、ゆっくりと顔が近づく。どちらかがやめようとすれば、この習慣は終わるのかもしれない。……だけど、どうして終える必要があるのだろう?
暗闇の中で二人の唇が重なる。お互いの唇を愛撫し合って、それから離し、眠りにつく。
待ち合わせしたカフェテリア前に現れた大地は、快活なスポーツマン風の青年だった。
「ふーくん!」
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