保釈金300万円

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 特別な一日。祖母が三百万円と引き換えに与えてくれた。  祖母がこの金をどうやって工面したのか、ユウヤは知らない。  ただ、ユウヤは祖母の財布や箪笥の中を何度も覗き見たことがあるし、無断で『借りた』こともある。祖母に、三百万円という大金をポンと出せるような余裕がないことは知っていた。  きっと、あちこちに頭を下げて借りてきた金なのだ。たった一日、ユウヤを自由の身にするために。  だと言うのに、それから約束までの時間を、ユウヤは何をするともなくぼんやりと過ごした。  スマートフォンが使えないのでは、知り合いに連絡を取るのも簡単な話でない。  仕方なく、駅前の寂れたアーケード街をぶらぶらと歩いた。  平日の昼下がり。人もまばらな通りでは、街頭のスピーカーから、ひと昔前に流行ったJ-POPの歌なしアレンジ曲がのんびりと流れている。  高校時代、授業をサボりトモキと一緒に入り浸ったゲームセンター。  昼夜を問わずたむろしていた全国チェーンのハンバーガーショップは、何年か前にこれまたチェーンの喫茶店に変わり、今では高齢者のたまり場になっている。  カツアゲに具合の良かった路地裏は、手前の空き店舗が解体され、空き地の一部に姿を変えていた。  万引きを繰り返して捕まった本屋はそのまま。あのときはトモキも一緒だった。  定食屋、薬局、花屋、床屋、居酒屋……。  あっという間にアーケード街の端まで来てしまい、ユウヤはそこで足を止めた。  ここを抜けると駅だ。電車がホームに入って行く音を耳が捉える。  ポケットの中の五千円札を、指先でざらりと撫でた。出掛けに祖母が持たせてくれた、ユウヤの全財産だ。  とりあえず千五百円も出せば、電車で隣の県の中心まで行ける。大都会ではないがこの街よりはよっぽど栄えている。人混みに紛れられる。  寝る場所はどうする。ホテルは金がかかりすぎて無理だし、インターネットカフェも安くはない。冬でなければ公園で野宿できたのに。いや、公園は意外と目立つ。警察官に職質されたらおしまいだ。  やはり大都市を目指す方がいいかもしれない。行ける所まで電車で行って、あとは適当にチャリをパクって……。  電車の発車ベルの音に、ハッと顔を上げた。  ポケットの中の五千円札から手を離し、ユウヤはパッと踵を返した。  逃げるように近くのコンビニに入り、タバコを一箱買う。出入りする他の客の視線にも構わず、店先で立て続けに二本吸った。性懲りもなく、大麻の味が恋しかった。  あとはもう余計なことを考えたくなくて、ユウヤは約束までの時間をひたすらパチンコ台の前で潰した。
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