保釈金300万円

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「ユウヤ、こっちこっち」  時間ぴったりに居酒屋に行くと、トモキはもう席についていて、ホッとしたように目を細めた。 「ナオトとシュウスケも仕事終わったら来るって」 「シンとアンジュは?」  いつもつるんでいた仲間二人の名前を出すと、トモキは気まずそうに視線を逸らせた。 「あー……あいつらなぁ。なんか今日予定入っとるみたいで」 「ハァ? 薄情な奴らじゃな」 「急じゃったけぇさ。手紙書くって言うとったよ」 「どうせ口だけじゃろ、そんなん」 「まぁとりあえず飲もうや、はい、カンパーイ」  カチンとジョッキをぶつけ、トモキが生ビールをあおる。ユウヤもジョッキに口をつけ、ビールと一緒に不満を飲み込んだ。  それからはなんだかんだ楽しい時間だった。  途中からナオトとシュウスケも加わり、どうでもいい話で馬鹿笑いし、揚げ物をつまみ、酒をあおる。その繰り返し。  店を出たのは日付が変わる頃だった。 「送ってくわ」 「は? いいって」 「まぁ遠慮すんなって。時間遅いしさ」 「遠慮じゃねーし。お前、俺の彼氏かよ」  茶化しながら断ったが、トモキは譲らなかった。  おそらくトモキは見届けるつもりなのだ。ユウヤが逃げ出さずに家に帰り着くのを。信用されていないことに、わずかに苛立った。  街灯もまばらな住宅街の道を並んで歩く。先ほどまでの馬鹿騒ぎが嘘のように、辺りは静かだった。 「刑務所、何年くらい行くん?」 「……たぶん五年くらい」 「そっか」  長いな、とトモキが呟き、それきり二人の間に沈黙が落ちた。  五年は長い。  ユウヤは改めてそれを思う。  耐えられるだろうか。  刑務所での生活への不安。それも確かにある。  けれどそれよりも恐ろしいのは、出所後の孤独だった。  それを想像すると、ユウヤは今すぐトモキを振り切って駆け出したい衝動にかられる。  トモキが自分を信用しないのも当然だと、ユウヤは思った。だってユウヤ自身、自分のことを信じてなどいない。  無言のまま、祖母の待つアパートの目前まで来た。  二階建ての小さなアパート。一階の西の端の部屋にはまだ電気がついている。  だが次にユウヤが戻ってきたとき、この部屋に灯りはともっているだろうか。五年後、祖母は八十九歳になる。 「ユウヤ」  トモキが足を止める。つられるようにユウヤも足を止めた。 「早う戻って来い。そんで、もう悪いことすんな」 「……」 「待っとるけぇ」  口だけだ、とは思わない。トモキはそんな奴じゃない。  けれど五年は長い。ユウヤが刑務所で立ち止まっている間にも、トモキの時間は動き続ける。結婚して子どもでもできれば、きっと自分のことなど忘れてしまう。 「ばぁちゃんと一緒に待っとる」 「けど、ばぁちゃんは」 「長生きしてくれる。きっと。ユウヤのために。もし駄目でも、俺が待っとる」  だから逃げるな。そう訴えるトモキの目は祈るようで、その瞬間、ユウヤは唐突に理解した。  トモキは、ユウヤを信じていないのではない。信じたがっているのだと。  祖母もまた、ユウヤのことを信じたいと思っている。  きっと、それをユウヤに伝えるために三百万円を出したのだと。  ならば自分も、信じることを許されるだろうか。  待つと言ってくれたトモキの言葉を。  祖母の長生きを。  そして、ユウヤ自身の未来を。 「……信じる」  小さく口に出す。 「信じるよ。だから待っとって」  トモキが泣き出しそうな笑顔で、手を差し出した。  きっと同じ表情で、痛いほどの握手を交わし、ユウヤはトモキに背を向け駆け出した。  祖母の待つ部屋へ。その灯りに向かって。 〈了〉
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