Wonderboy, the Aerialist

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Wonderboy, the Aerialist

e85e8fe0-ae17-44d6-b96f-2add8a41a380  幼さ残す不良だった僕に母親は「地に足をつけた生き方をしなさい」と言った。 「僕は未だ少年だぜ? どこをどう歩こうが僕の勝手だ。クソッタレな未来の事なんて考えてないよ」  絶望と虚無に支配されていた僕は、そんな反抗の言葉を残し、好き勝手に暴走して激しく衝突したのを憶えている。盗んだバイクのミラーと光が砕け割れたのを最後にして。  僕に白い翼が生えて天に昇って行った。けれどその無垢な羽根は僕には似合わず気恥ずかしく、みっともないので強引に引き千切った。  堕ちるかなと覚悟していたが雲に救われた。  やがて僕は誰にも指図されず自由気ままに雲の上を歩いた。最初はふわふわした浮遊感が楽しかったけど、その不安定な隙間から足を踏み外しそうで怖いんだ。    気分はもうLowだ。思えば雲の中は夢のような朦朧だ。意識がはっきりしてくると共に空が晴れてくる。 「目を覚ましてよ」  誰だよ? うるさい呼びかけだなあ。  けれどそれも聞こえなくなった。ここが無音なのは久遠だからっぽい。  静けさの雲が散ると、僕が立っていたのは一本の綱の上だった。貼られたロープは、過去の此方側と未来の彼方側の巨塔の両端に結ばれていて、見下ろすとおぼつかない足元の遥か下は無数の牙が生えた漆黒の奈落だった。  途端に脚が震えた。けれど僕はロープの上を慎重に歩く。  揺れないロープ(フラットライン)の上は渡り易かった。けれどそれは僕の鼓動に同調していて消え入りそうな平坦だった。僕はこのまま簡単な綱の上を進むのは間違いだ、これは罠だ、と思い重い踵を踏み鳴らした。 「リタイアしろよ? 其処の底は楽しいぜ......落ちて楽になりな」  大きな鎌を持った黒衣の痩身の輩が煽る。  僕は奴に中指を立てて反逆する。  僕は沈黙を破る。雄叫ぶ。興奮に胸が高鳴る。デュエットするようにロープが微かに上下に波打つ。僕の綱渡りは困難を極める。けれどこの過酷が楽しい。僕はバランスを乗りこなす。何度も足を踏み外しそうになる。奈落が牙の間から残虐な涎を垂らし僕の落下を待っているっぽい。僕はフィリップ・プティのように綱の上で舞踊する。そして今までクソッタレだと思っていた未来の塔が美しく輝いているのを見た。不恰好なのも構わずなんとか辿り着く為に進んだ。黒衣の痩身の輩は髑髏の顔で鎌を振り下ろした。僕はロープが切れそうな瞬間に一か八かに賭けて塔に向かって跳躍した。 「先生、心電図見てください!」  静けさを破った声を聞きながら、僕は目を開き起き上がってベッドから降りようとした。いろんなケーブルが邪魔をしたけれど僕は現実に片足を下ろしたんだ。裸足の裏に冷たい床の硬さが伝わった。  母親の驚きの声が愛悦に変わったのも聞こえた。  僕は激しい眩暈を堪えながら、心を改め新たな気持ちで確かな未知の道に期待を持って歩こうと、痛いくらい抱きしめる母親の涙に誓った。     了
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