白い壁

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本当に何も覚えていない。まるで夢でも見ているようだ。まさか僕が記憶喪失になるとは……そんな気にさえなってしまう。 「全てを忘れてしまったの? 私は、あなたのこと、ずっと忘れたことはなかったわ。またあなたに会える日を、この時を、あなただけをずっと待っていたのに……」 この女性は何を言っているのだろう。以前に会ったことがあるというのか? 僕には人知れずの恋とは到底無縁で、人生で一度だってお目にかかったことなどなかった。自分が覚えていないだけで、酔った勢いで何かあったとも思えないのだが。 「私のこと、思い出して。でないと、ちっとも楽しくないもの。不公平なんて、いやでしょ?」 この女性が何者なのか思い出す、それが可能か不可能なのか。今の僕には全くわからなかった。だが、それはいずれはっきりと明かされることになる。 不意に、部屋の灯りが音もなく揺れ、起こるはずのない風が首筋を通り抜けた気がした。 「じゃあ、キーワード言ってあげる。そうしたらきっと思い出すかもしれないわね」
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