第二章 《竜の聖印》

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 由鈴よりも、かなり年上であろうその男は、ニヤニヤとした笑みを浮かべ。  値踏みするように見下ろしてくるその目は、濁(にご)っていて、獰猛(どうもう)さがあり。  殺戮(さつりく)を好むようなその様子は、賊そのもののようである。  なのになぜか由鈴は、その男にそれだけとは思えない感覚を抱き。  自分を取り囲むように迫ってくる、他の人間達の事にも警戒しながら。  だが視線は、その目の前の男に集中させていた。 「お前、なんか良い匂いさせてんなぁ?」 「匂い・・・?」  男がつぶれてしゃがれた低い声で、唐突にそんな事を言い。  それに由鈴が眉を寄せる。  もちろん彼には、そんな記憶はなく。 甘く香るものも、持ってはいなかった。 「そりゃあ、自分では分からないだろうなぁ・・・。  だが確かに匂う。 血を誘うような・・・そそる、すげぇ良い匂いがお前からなぁ」  そうして男は舌なめずりをし、それを見て由鈴の背が、嫌悪にぞくりと粟立つ。 「おい、てめぇら。 丁重にそのガキを捕まえろ」 「へぇ親分」  手下であろう男達も、由鈴の姿を見て軽く口笛を吹き。  同じような、にやついた笑みを浮かべて。 手入れのなっていない、錆(さ)びた剣を向けてくる。  だがそれを気にしながらも、どうしても目の前に立つ男から感じる。 何かしらの嫌な気配に、由鈴は視線を外す事は出来ず・・・。  周りを、手下の男達に挟まれながら。 軽い焦燥感(しょうそうかん)を抱いていた。 (目を・・・離しては、いけない気がする―――)  だがかといって、迫ってくる周りの手下達へと目を向けないわけにもいかず。  言い知れぬ恐れを抱きながら、振り下ろされてきた剣へと僅かに視線を転じる。  と、次の瞬間。 背筋がぞくりとして、直感的な警告に由鈴は再び目の前の男へと向け。  ほとんど勘に頼る形で、手下達の剣を身を低めて避けると。 そこから大きく飛び退いた。 (一体・・・、何なんだろう?)  言い知れぬ気配に、由鈴は動揺し。 人にしか見えないその男の姿を、見据える。  正体が読めないというだけで感じる、圧迫間は言い知れず。  少しずつ彼の心を、憔悴(しょうすい)させていく。  懸命に探るように由鈴はその男の姿を見据え、気を張り詰める。
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