第一章 《小さな竜》

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 チリン―――・・・ 「っ!?」  ―――『動く時には、その鈴の音に気を付けるといい。  裂け目からの風で、鳴るから』―――  玲瓏との、追い駆けっこを始める前に。 由鈴が告げていったその言葉を思い出して、咄嗟に琳樹は立ち止まる。  だがそれは、一瞬ながら遅く。  踏み止まった足が、裂け目の口へとズルリと滑り。 底の見えぬ闇に、飲み込まれそうになったのを、何とか傍にあった木の根に掴まり免れた。 「はぁ・・・はぁ・・・」  チリン・・・チリンと、足元から吹き上げてくる冷たい風に、由鈴の鈴が鳴る。  それを聞きながら、何とか上へと這い上がろうと琳樹は歯を食い縛り。 片手を伸ばした、その次の瞬間―――。  木の根を掴んでいた手が滑り、息を飲んだ。 (―――ゆすずっ・・・!!!)  その時。 なぜ玲瓏でもなく、『由鈴』の名を呼んだのかは、分からなかった。  だが、心の中で強くそう叫んだと同時に、伸ばされていた琳樹の手を誰かが掴み。 裂け目に飲まれようとしていた、彼の体を引き留める。  そして、呆然として琳樹が見上げた先―――。  夜の空と、ぽっかりと浮かぶ月の光の下で・・・。 淡い薄茶色の、やわらかな髪がきらめいていた。  ―――あの時。 『彼』に、初めて救われた瞬間。  意識を失う寸前に見た淡い光と、自分の腕を掴む手の温もりに、胸が熱くなる。 「ゆ・・・すず?」  呆然としたままに、小さくその名を呼ぶと。 由鈴の薄紫の瞳が、琳樹の姿を映し。  次いで、安堵したように笑んだ。 「良かった・・・、間に合って。 大丈夫か?琳樹」 「う・・・ん」 「そうか」  そう言うと同時に、由鈴は琳樹の体を引き上げ。  だが咄嗟(とっさ)の事だったため、変な体勢になっていたらしく。 その勢いのままに、後ろへと転がってしまった。 「わっ!」 「うわぁ!?」  二人揃って驚きの声を上げながら、為すすべもなく仰向けに草の上に倒れ込み。  すると、胸に抱き留められるようにされていた琳樹は、由鈴の胸へと顔を埋める事となり。  もちろん、女性ではないので、そこにふくよかな胸があったわけではないが―――。 その瞬間。 ふわっと広がった由鈴の香りに、琳樹の胸がドキリと脈打った。
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