第二章 《竜の聖印》

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 だが、どれほどの人間が居ようとも。 一目ですぐに分かるほどに、由鈴の持つ香りはとても甘く、芳しく―――。  とても強く、竜の血に呼応するのだ。  ―――恋い焦がれるとは、比べ物にもならない。  何としても、この手に入れたい。 奪い去りたいという本能的な、竜の血の根本的な部分に未だ残る。 恐ろしく獰猛(どうもう)な獣(けもの)の血を、騒がせるのである―――。  生粋なる、玲瓏のような竜であれば。 それを制御し、押さえる事も可能であろうが。 その血を継ぐだけの、未熟な人間などにかかれば。 由鈴という存在は、何とも芳しき誘惑の対象であろう・・・。 「我々竜や。 その血を引くあの男のような者には、一目で貴方が竜の王の伴侶に選ばれた存在だというのが分かります。  貴方の纏(まと)うその香りが、そうと告げるのです」 「香り・・・?  あぁ、そういえばあいつが何度か、そんな事を言ってたな。 オレから、何か甘い匂いがするとか何とか―――」  そこまで言ったところで、由鈴は嫌な事を思い出しでもしたかのように眉をしかめ、口を閉ざす。  だがそれを、玲瓏はあえて追求する事はせず。 少し顔を背けた。 「その香に惹かれて現れる者達の中には、貴方自身を手に入れようとする輩(やから)も居るでしょう。  それほどに、貴方の持つその香は、私達竜の血を騒がせるものなのです」 「オレには、全然分からないけど・・・。  ふぅん―――?」  どこか遠くを見るような眼差しをして、由鈴はそれだけを言い。  それに玲瓏が意識を引かれて、彼へと視線を向ける。  と、それが分かったのか。 由鈴はふっとその淡い薄紫の瞳に、玲瓏の姿を映し。 気にするなというように、笑みを浮かべて見せた。 「竜の花嫁を手に入れたら、何かあるのか?」  そんな事を言いながら、由鈴は立ち上がり。  それに玲瓏は、何とか彼に対する動揺を胸の奥へと押し込めて。 気を引き締める様に、少し顎(あご)を引く。 「いいえ。 ただ竜王の怒りと、悲しみを買う事になるだけでしょう」 「それでも、手に入れようとなんてするんだ?」  自分の身の事であろうに、由鈴は軽く笑ってそう言い。  まるで、他人事のようなその物言いに。 玲瓏はまた動揺していた。  ―――なぜ、そんな風に笑う事が出来るのか。 彼には分からなかったのだ。
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