07.正直な人間はとても少ない

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07.正直な人間はとても少ない

 私の言葉を黙って聞いてた海斗は困ったような表情。 「たしかにそうかもしれない。でも、俺の方だって……」  海斗が手に持っていたイヤホンを私に差し出す。イヤホンを耳にはめて音を聞いてみろってことだろう。私はしぶしぶそのイヤホンを耳にはめる。  イヤホンからはビリー・ジョエルの歌声が流れてきた。私が海斗に教えた曲。正直な人間はとても少ない。そう歌う声。 「こんな古い曲聴いてるの、ここじゃ俺と桃奈くらいだぜ。桃奈に教えてもらったからこそ、いい曲だなって俺はいまだに聴いてる」  私の胸が大きく波打つ。二人の間に沈黙がやってきて、周囲の学生たちのざわめきがやけにうるさく聞こえた。突然の雨のように。  私は「ごめん……」とだけ言って、イヤホンを海斗に返す。 「いや、桃奈が謝ることじゃない。俺の方だって、ごめんな……」  私があれからチョコミントアイスを食べ続けていたように、海斗はビリー・ジョエルやエルトン・ジョンを聴いていた。それは未練というよりは……。なんと言い表すべきなのだろう。  無言で考えをめぐらせていると、海斗が言葉を切り出す。 「俺は思うんだけどさ、けっきょく俺と桃奈が過ごした日はどれもみんな『特別な一日』だったんだよ。ただの一日なんてなかった。  俺は桃奈と過ごしてエルトン・ジョンやビリー・ジョエルの曲を知ったし、桃奈はチョコミントアイスの味を知っただろ?」 「うん」 「そんなふうに人間は『特別な一日』を積み重ねて少しずつ変わっていく。変わっていくことは悪いことじゃない。成長とも言えるし、進化とも言える。でも、同じ場所で立ち止まっているわけじゃない。  だから、二人で積み重ねていった『特別な一日』を、みんな否定してしまうのは良くないと思うんだ。そんな『特別な一日』が積み重なった上に今があるんだし、今の自分がいる。それは否定しちゃいけない。俺はそう思う」
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