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阿部公房の見た夢を纏めた「阿波環状線の夢」という原稿用紙一五枚程の短い随筆がある。これは著者が実際に見た夢だか現実だかわからない内容を十数の掌編として集めた文庫の中の一遍であり、過去に何度も読み返したものだった。その随筆にて、徳島の山間部を通る阿波環状線という路線があり、その路線では奇妙な風習が残っているというもので、著者はそのあまりにも現実的な夢であったため目が覚めた後にその路線が実存するのかを確かめるほどだったという。本文では、もちろんそんな路線はないのだが、と注記されている。著者がみた奇妙な風習というのは、「男性が女性の後ろから性行為を行う限り条件のいかんにかかわらず、正当とみなされ咎められることはない」というもので、地元の女性は警戒を怠らないため、めったに襲われることはないがその風習に無知な旅行者が稀に危険にさらされることがある。とくに跨線橋の長い階段のつき当たりが女性旅行者の難所として知られているという。そういった突拍子もない夢だったそうだ。この文庫を手に入れたのは私が高校生の頃で、学校近くの古本屋に立ち寄った時百五十円で購入したものだった。まだ土曜日に午前中だけ授業があり半ドンと呼ばれていた時代に、帰り道のがらんとした昼下がりの明るい電車内でまどろみながら開いた文庫本の中には奇妙な世界が広がっており、本を繰る手が止まらなかった。
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