0.自己紹介に代えて――私の現状について

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0.自己紹介に代えて――私の現状について

 Nel mezzo del cammin di nostra vita mi ritrovai per una selva oscura.  人生の半ばにおいて、私は暗い森をさまよっていた。  ダンテ・アリギエーリ『神曲 地獄篇』第1歌より    このエッセイを開いてくださった皆さんに感謝いたします。  六可江宏美(むかえ ひろみ)です。  多くの方とは「はじめまして」でしょうから、自己紹介させてください。  IT系のフリーランスとして働く46歳、根っからの大阪人です。外国を転々としていた時期以外はずっと、大阪に在住しています。  日本企業で派遣社員をしていたのが2020年の末まで。1年ほど休んだあと、そろそろ働かねばとのっそり腰を上げて、Indeedで見つけたアメリカの企業の求人に応募。フリーランスとして雇われました。日本での完全在宅、アメリカにいる上司たちとの連絡はすべてオンラインです。同僚は日本人が数人の他、アメリカ人、インドネシア人、香港人、ブラジル人、リトアニア人、パキスタン人、ブラジル人、ドイツ人、フランス人、トルコ人、モロッコ人。文化的カオスの中で働いています。時差のために会議が夜中にあるので、自ずと夜間に働く生活です。  日常会話の中で、日本語はほとんど話しません。  一人暮らしのアパートでパソコンに向かって夜中に黙々と作業に打ち込む日々。仕事が終わったらカフェに出かけ、ミニ・タイプライター「Pomera」で小説やエッセイを書きます。  このライフスタイルを始めたばかりのころは、寂しかったです。「寂しい」より「心細い」に近いかもしれません。  人間は群で生きる動物ですので、日本社会の中で孤立した私は長く生きられないのでは、との心配もありました。でも実際のところ、周囲の人たちは攻撃対するほど私に関心がありません。アパートの隣人(UBER EATSの配達員をしている寡黙な青年です)すら廊下で顔を合わせても挨拶をしない、淡泊な人間関係の中で生きています。  誰かと言葉を交わす機会が極端に制限された状況にありますが、今の状況をそれなりに気に入っています。これまでの人生で他人からあまりにも多くの言葉を受けすぎてきました。その逆もしかりで、たくさんの言葉を他人に伝えようと躍起になってきた個人的な歴史があります。私に喜びを与えてくれる存在はいつも他人でしたが、痛みを与える存在もまた他人です。多過ぎは良くありません。消化不良になります。  他人とのコミュニケーションを極限に控え、これまでに受け取りすぎた言葉たちを吟味して文章にする作業に執心中です。声帯が退化しているのか、最近は声が少し出にくいです。でも平和で落ち着いていて――仕事のストレスや孤独な身の上であることから生じる心細さは依然として感じますが、それでも平穏で建設的な日々を送れる現在の境遇に満足です。  とまぁ今はこんな感じで隠居した老人のような内省生活を営んでいますが、昔は内気な性格ながらも人間関係の構築にもっと意欲的で、だからこそ失敗も痛みも多く味わってきました。  このエッセイでは私の「言葉の消化活動」の一環として、大学時代のエピソードを話させてください。今から25年前、当時に好きだった人と、短期留学したイタリアの首都ローマの思い出話です。
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