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こんにちは、おつまみです。
まさか……そんな馬鹿なことがっ! どうしていないんだッ!?
家須満はアパートのポーチに設置した水槽を見下ろして呆然としていた。
満は一匹、ハゼを飼っていた。そのハゼの姿が忽然と消えていた。
あわてて水槽の裏や周辺を探ってみる。けれど姿は見当らなかった。
満の背筋に冷たいものが走る。
「あああ、おつまみちゃんが、おつまみちゃんが……」
そのハゼの名前は「おつまみ」という。
そもそも部屋の外に水槽を設置した理由は、隣人の目に留まるのを期待してのことだった。
隣に引っ越してきた可愛い女の子は、大学生の満と同じ年ごろで、栗色のくせっ毛にきょとんとした愛嬌のある丸顔の美人さんだった。
まさに、満の好みのど真ん中なのだ。
しかし、思い起こせばその子は猫を飼っていた。綺麗な白い毛並みの猫を抱きかかえて部屋に入ってゆく姿を見たことがある。
もしかしたら、その猫が勝手にアパート内をほっつき歩き、発見したおつまみちゃんを連れ去ってしまったのではないか。
そうなったら絶望的だ。なぜってハゼは美味しい魚だからだ。猫がその本能を止める理性など、持ち合わせているはずがない。
自分自身の下心のせいで、あのかわいらしいおつまみちゃんを見殺しにしてしまったのではないか。
戻った部屋の中で呵責と後悔に襲われのたうちまわる。
そのときだった。「ピンポーン」と呼び鈴が鳴り、満は飛び起きた。
もしかしたら誰かがおつまみちゃんを助け――。
勢いよく扉を開ける。目前で驚いたように身を翻した者がいた。すばやく体勢を戻し、開口一番。
「こんにちは、おつまみです」
「へっ?」
「ですからいつもお世話になっている、ハゼのおつまみです」
満は絶句した。
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