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私と夫は小さい頃から幼馴染だった。年頃になるとなんとなく一緒になり、そこから特に大きなトラブルもなく結婚をしたけれど子供には恵まれなかった。それでもお互い支え合って生きていこう、そう言葉にしなくたって同じ気持ちでいてくれていると信じ、疑うことすらし無かった。いや、どこかで不安や違和感を感じることがあっても目を背けてきたのだった。彼は、そんなことする筈無いと。
だけど、どうだろう、現に今「する筈なんて無い」ように見えるあの河島と並木さんが不倫をしていると言うのだ。
「彼、言ってくれたんです。奥さんに対する愛は本物の愛じゃ無かったんだと、私に出会ってわかったんだ、って。」
「本物の愛、ね…。」
私はそれ以上何も言葉を返すことができなかった。
だって私にも本物の愛が何かなんてわからなかったから。もし、夫が「本当に愛する人に出会ってしまった」と言ったら、私はどうする?そして私が夫に対する愛は果たして本物なのだろうか?
「でも、私、苦しいんです。」
震える声で彼女は続けた。「そっか…。」という返事をするのに精一杯な自分が情けない。何と言ってあげたら、何と答えてあげればこの子を救えるのだろう。ただ、「ならば別れなさい。」という言葉だけ投げ捨てるのはどうにも違う気がして。
暗闇の向こうから微かに彼女の鼻をすする音が聞こえる。きっと涙を押し殺しているのだろう。何も見えないけれど、音のないこの部屋じゃすぐにわかってしまう。
しばらく沈黙が続き、やがて「ごめんなさい…。」とだけ彼女は呟いた。計り知れない程の想いがその一言にはたしかに込められていた。まだか弱く未熟な彼女にはあまりにも大きすぎる荷物を背負ってしまったのかもしれない。自業自得だとわかっているから自分を責めることしかできない苦しさに今にも押しつぶされそうになっている。
外はまだ雪が吹雪いている。普段シンシンと可愛らしく舞うその姿とは違い、それは荒々しく窓を打ち付けた。
「…寒くなってきたわね。並木さん、大丈夫?」
停電してから30分程。体は少しずつ冷えてきていた。彼女はきっと私よりもずっと、寒さに震えているに違いない。何か温まるものは無いか…。
そのとき、私のスマホからマヌケな音楽が大きく鳴り響いた。
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