陰へ手を差し伸べて

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 大して時が経たぬうちに桐谷は自転車に乗ってやってくる。友人はニヤニヤとしながらその肩を叩き、反対方面へと去っていった。 「よ、行こうぜ」 「行こうぜって…………」 「帰るんだろ?どうせ地元一緒だしな」 「私が……あんたと一緒に、帰るの?」  咲登子は少し上擦った声を出す。照れ臭さと、いきなりの提案に困惑する気持ちが混ざっていた。 「嫌なら一人で帰るけど……。あーあ、須藤センパイは冷てえなぁ。暗い帰り道を後輩一人で帰らせようとするのか」 「……か、帰る!一緒に帰る!」 「ん、よろしい。後ろ乗るか?」 「いや……その……、スカートのした、ジャージ履いていなくて」  その言葉に何かを察した桐谷は、自転車から降りると車道側へ立つ。 「……ちんたら歩いてっと、置いていくぞ。二十二(じゅう)時から見たい番組があんだよな」  そう言いながらも、桐谷は咲登子に歩幅を合わせていた。  頭上へ上がった青白い月と、切れかかっている街灯だけが周囲を照らしている。人通りは殆ど無く、まるで二人きりの世界のようにも思えるほどだった。  暫くは会話も無く、ただただ忙しなく動く鼓動だけが音の世界を占める。 「……ねえ、桐谷」 「んあ?」 「……その、…………ありがとね」  照れを隠すように俯く咲登子を、桐谷は流し目で見た。そしてフッと笑う。三年で人間の本質が変わる訳がない。今も昔も、咲登子は分かりやすいと思った。 「どーいたしまして。何かあったのか?」  その問い掛けに、咲登子は顔を上げる。どうして分かるのかと言わんばかりのそれを見て、桐谷は眉を僅かに動かした。 「……いや、図書館で勉強していたらさ、こんな時間になっちゃって……。一人で帰るのは怖くてさ。次からもっと早く帰るようにする」 「勉強かぁ……、天才じゃん」 「何言ってんの、私受験生だよ。定期テストの点数も内申には重要だし…………」 「センパイが言うなら、そうなのかもなぁ。困ったら頼るわ」  桐谷は茶化しながら緩く笑う。どう考えても気を使ってくれているのだろうが、今はその明るさに救われる心地だった。  その時、咲登子の中にはひとつの疑問が浮かぶ。桐谷は昔から運動は抜群に出来たけれども、勉強の方はからきしだったはずだ。夜名原は私立とはいえ、進学校である。 ──勉強がんばったのかな。  わざわざここを選んだ理由も併せて気にはなったが、三年も離れていれば、事情は変わってくるだろうと敢えて口にしなかった。 「……なあ、そう言えばさ。何で髪切ったんだ?」 「え?何でって……」 「分かった、失恋?」  茶化すようになその言葉が胸に浅く刺さる。「あんたに失恋したのよ」とは言えずに、ふいと顔を逸らした。 「髪を切るイコール失恋って。桐谷って意外と古い考えしてるんだ」 「だってそれしか浮かばないじゃん」 「……ただの気分転換。中学卒業して直ぐに切ったんだ。それからずっとこれ。楽で良いよ」 「ふーん。……俺は前の方が好きだけど」  それを聞くなり、咲登子は足を止める。たちまち顔に熱が集まる感覚に、今が暗闇の中で良かったと思わずには居られなかった。 「貞子?」 「ご、ごめん。虫が横切って……」  本当は虫など居ない。咲登子は肩に付くか付かないかくらいの毛先を触った。
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