陰へ手を差し伸べて

5/5

37人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
 その日を境に、二人の関係は何とも微妙なものへ変わった。SNSを交換したものの、連絡は全く取らない。出会っても一言揶揄うように"貞子"と呼んでくるだけ。  けれども桐谷の部活のある月曜と木曜日だけは一緒に帰った。  図書館の窓からは、サッカー部や野球部などの様々な部活動の姿が見える。しかし、咲登子の目が自然と追ったのは陸上部だった。懸命に走るその姿はまるで光の粒のように煌めいて見える。  咲登子の中にある恋心はどうもしぶとく燻っていたようで、じりじりと煙が立ち始めていた。  気付かないフリをしても、目を合わせる度に弾む鼓動に自覚させられる。空っぽだった心の空間が、甘美な想いで少しずつ満たされていく。  そして少しでも良く見せたい、見られたいと思うのが本能なのだろう。  そんな関係性が二、三ヶ月ほど続いた頃である。 「──えっえっ、桐谷君と一緒に帰ってるのぉ〜!?どういう事っ!?」  咲登子は思い切って、亜未に今までの事情を伝えることにした。この件において頼れるのは彼女しかいない。その上でお洒落の仕方を教えて欲しいと頭を下げた。  将来はヘアメイクアーティストになりたいというだけあって、亜未のアドバイスは確実に咲登子を変えた。 「……お、おはよう」 「おは──えっ、誰?」  周囲からもそれは驚かれたものである。眼鏡からカラーコンタクトへ変え、パッチリとした目元を引き立てるようなナチュラルメイク。そしてふんわりと巻かれた黒髪は、元々の白い肌によく映えた。  クラスの中ではモブのような存在だったが、一軍女子や男子からも話し掛けられるようになる。戸惑いは大きかったが、世界が色付いた心地だった。  だが、桐谷は一言もそれに触れてこない。それどころか、徐々に言葉数が減っていった。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加