擦れ違う風

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擦れ違う風

 咲登子はいつものように校舎を出たあたりで桐谷を待っていた。見上げた先の空には厚い雲がかかり、今にも雨が降り出しそうである。近くにある外灯には修理中の紙が貼られ、辺りは薄暗かった。  そこへ人影が現れる。 「桐──ッ、横田先生…………」  伏せた顔を上げてから、口を噤んだ。最近は近付いて来ないから油断していたと、咲登子は眉を寄せる。 「……聞いたよ、彼氏が出来たそうじゃないか」 「彼氏って…………。別に先生には関係ないですよね」  その言葉に横田は目を細めた。その奥に怒りのようなものが見え、咲登子の背筋を戦慄が駆け抜ける。 「ふうん……。大人しそうな顔をして、意外と淫乱なんだね……。前の君の方が好みだったのに」 「い、淫乱?」  聞き慣れぬ言葉に、思わずオウム返しをした。横田の好みの女になりたい訳ではないため、後者は聞かぬフリをする。 「そうだ。最近の学生の性は乱れているだろ?妊娠なんかして、大学進級を諦める結果にならないようにするんだぞ」  突然の侮辱を受けて咲登子は目を剥いた。好きな人のために可愛くなりたいという純粋な気持ちが、このように踏み躙られるのはあんまりだと、悔しさに固めた拳が震える。 「──おい、そこの淫行教師」  その時、凛とした声が心地よく響く。ズカズカと大股で近付くなり、咲登子を背にして横田との間に立った。  その大きな背を見ていると、まるで三年前の夏祭りで彼に見付けられた時の感覚が蘇った。あの時よりもずっと身長が伸び、精悍(せいかん)な顔立ちになったけれども、彼の中の正義感と優しさはずっと変わらない。 「夜だから誰も居ねぇと思ってセクハラですか?良くないと思いますよ」 「ご、誤解だよ……。僕はただ、大事な生徒へ忠告をと思って……そう、親切心で言ったんだ!」  親切だと言いながらも、悪いことをしている自覚はあったのだろう。横田は一歩、二歩と後ずさった。 「ふうん…………」  咲登子を横目で見やれば、肩が小さく震えている。桐谷は目を細めると、その手を取った。 「じゃあ、もう二度と近付かないで貰えますか。それこそが親切ですよ。……そういうことで失礼します」  そう吐き捨てるように言うと、繋いだ手はそのままに正門へと進んでいく。  大きな手に引かれながら、咲登子は瞳を潤ませた。恐怖のせいか、それとも桐谷のせいか。息苦しくて仕方がない。溺れてしまいそうだった。
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