浅き春の記憶

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「──子、須藤咲登子(すどうさとこ)っ!」 「……ん…………」  その声に咲登子は意識を現実へ引き戻した。見上げれば、目の前には親友である岩戸亜未(いわどあみ)が仁王立ちしている。  強風にも耐えうる程きちんとセットされた前髪に、ふんわりと巻かれた横髪。そしてカラコンに、計算されたナチュラルメイク。  それに対して咲登子は髪は櫛でサッと梳かしただけ、大きな丸眼鏡、色付きのリップクリームを申し訳ない程度に塗っただけである。 「あ……ごめん。何?」 「もうホームルーム終わったよ。珍しく考え事?」  背伸びをすれば、ポキッと関節が鳴った。そのまま咲登子は目を瞑って天を仰ぎながら、亜未の問いに何と答えようかと思考を巡らせる。  目蓋の裏には、先程久方振りに思い出したの苦い記憶が浮かんでいた。 「考え事というか……うん、」 「というか?なになに?」  何処か歯切れの悪い様子に、亜未は小首を傾げた。いつもはハキハキしている咲登子が、このような様子になっているのは珍しい。心配する気持ちと好奇心が半分ずつ込み上げた。 「……いや、大したことは無いんだけどさ。さっき新歓(新入生歓迎会)があったじゃん?」 「うんうん」  亜未は前の席の椅子に(またが)ると、背もたれに両肘をつく。 「新入生枠で、見知った顔を見掛けたというか……。私の見間違えじゃなければ、なんだけど」 「それって女子?男子?」 「……だ、男子」  ぽつりと呟けば、亜未は口角を三日月のように上げた。高校へ入学してから三年間、ずっと咲登子と行動を共にしてきたが、浮いた話のひとつすら出てこなかったのだ。面白くない訳がない。 「なになに?一目惚れ?」 「……そんなんじゃなくて、ただの後輩。小学校の頃から知ってるヤツ」  その返答に、亜未は小さく溜め息を吐いた。折角の恋バナだと思ったが、空振りに終わってしまったかと眉を寄せる。  だが、ただの後輩が入学してきたくらいで、あれ程ぼんやりなどするだろうか。ふと悪戯心が沸いた亜未は、カマをかけてみることにした。 「へぇ、まさかだけど……だったりして…………」  わざと"好き"を強調して言えば、みるみる咲登子の耳は赤く染まり、僅かに目元は見開かれる。洒落っ気の無い親友は、途端に恋する乙女の表情になったのだ。 「え…………まじ?」  自分で言っておきながら、初めて見るその表情(かお)に、亜未はキョトンとした。
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