浅き春の記憶

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「ち、違う!あれはもう終わったことで……いや始まってすらなくて、そもそもそういう問題でも無いというか、」  しどろもどろになる咲登子を見て、亜未は確信と共に満面の笑みを浮かべる。そして両手を伸ばし、逃がさまいと肩を掴んだ。 「絶ッッッ対に見たい。紹介しろとは言わないから、せめて名前だけでも教えて……?」  背に炎を纏わんばかりの圧に、咲登子はたじたじになる。  唯一幸いだったのは、ホームルームが終わった後の教室はザワついており、この会話を拾う者など一人も居なかったことだ。 「い、いや……人違いかも……」 「でもでも、それが本人ならめっちゃ良いじゃん。で、なんて名前??ねーえーっ」  急かすように、トントンと机が叩かれる。亜未の長い髪が揺れ、その度にふわりと良い匂いが咲登子の鼻腔を掠めた。  肩越しに見える壁掛け時計の短針は、もうすぐで四へさし掛かろうとしている。その時、ホームルームが始まる前に担任から放課後呼ばれていたことを思い出した。  だが、向かうには親友(亜未)の拘束を振りほどかなければならない。 ──どうせ違うんだから、言っても良いか。  そう思った咲登子は、 「…………桐谷(きりや)琥太郎(こたろう)」  にその名を口に出した。たったそれだけの事で、心拍数が僅かに上がる。 「コタロウくん!可愛い名前っ」  冷やかすようなそれに、気恥ずかしさを覚えた咲登子は立ち上がった。 「──担任に呼ばれているんだった。多分委員会の引き継ぎのことだから、もう行くよ」 「ん、分かった。咲登子、またメッセ送るからねっ」 「はいはい。じゃあね」  机の脇に掛けたスクールバッグを手に取ると、まだニヤついている亜未へ小さく手を振る。
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