春風と共に君は

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春風と共に君は

 三階立ての校舎は、階数に合わせてそれぞれの学年が収められている。階段の並びに一列に教室があり、空間の真ん中には吹き抜けのように位置する中庭があった。  咲登子は帰途に着くクラスメイトへ挨拶をしながら、教室を出た。右へ向かって突き当たりにある階段から一階へと向かう。  中庭を挟んだ一年の教室の対極に昇降口があった。ちなみに職員室は昇降口の横である。  委員会の書類を眺めつつ、一年一組の前に伸びる廊下を歩いていると、ひらりと一枚の花弁(はなびら)が舞い込んできた。どうやらそれは中庭へ続く窓から来たようで、咲登子は目を細めて立ち止まる。  淡い薄紅色の桜が、柔らかな風に吹かれて身を散らすその姿は、いつ見ても壮観だった。  春は出会いと別れの季節である。そして桜はその象徴だ。だからだろうか、どこか感傷的な気持ちにさせられる。  そうしていると、目の前から賑やかな男子の集団が向かってきた。制服はまだ真新しく、少し大きく見える。  歩き出そうとした瞬間、一際強い風が吹いた。 「あっ!」  油断をしていたために、手元の書類が数枚飛んでいく。そのうちの一枚は一人の男子の足元へと吸い込まれていった。  咲登子は慌てて回収すると、最後の一枚を貰うべく男子の元へと向かう。 「す、すみませ──」  屈めた腰を上げた瞬間、まるで幽霊でも見たかのように目を見開いた。徐々に胸が早鐘を打ち、春の嵐が吹き荒れる。  息が止まった気がした。 「お前……貞子(さだこ)か?」  身体の中心に響くような低い声が、胸の奥に仕舞いこんだ記憶の扉を叩く。  癖のある柔らかそうな黒髪に、健康的な小麦色の肌はそのままだった。しかし三年の年月は彼をずっと大人にしていた。元々彫りは深い方だったが、より目鼻立ちはすっきりとし、同じくらいだった身長は見上げるまでになっている。 「きっ、桐谷…………!」  その声は情けなく掠れた。瞬きをすることすら忘れ、咲登子は呆然と立ち尽くす。 「おう、久しぶり。貞子」 「さ……貞子じゃなくて、咲登子!もう髪短くなってるでしょ」  手渡された書類を片腕に抱え、ミディアムボブの毛先を摘むと、見せ付けるように前へ出した。
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