春風と共に君は

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 二階の階段の真横にある図書館の戸を開け、横田が付いてきていないことを確認してから窓際の机を確保する。眼前には校庭が広がり、生徒たちが部活動に励む様子を見ることが出来た。  静かに椅子を引いて座ると、スクールバッグから参考書とノート、ペンケースを取り出す。  勉強は好きでも嫌いでも無いが、受験生という肩書きがある以上努力はしなければならない。一応志望校も決まっており、東京を離れるつもりだ。  "──I caught sight of him in the crowd.《私は人混みの中で彼を見付けた》"  英語の書き取りをしていると、このような一文が視界に入った。その文に、昔の記憶が蘇る。 ──中学三年の夏、女友達と三人で隣町の祭りへ行った時の事だ。さして大きくもない規模だったが、花火大会があるためか、人でごった返していた。  案の定友達とはぐれ、それに追い打ちをかけるように、機器のトラブルで提灯の明かりが全て消える。おまけにスマホの電波は圏外表示であり、咲登子は不安で堪らずに涙目となっていた。おまけに慣れぬ浴衣と下駄を履いたせいで歩きづらい。  そこへ偶然ぶつかったのが、同じく連れとはぐれた桐谷だった。泣いていることを馬鹿にしつつも、逸れぬようにとその手を取り、一緒に友達を探してくれたのだ。触れる手の温もりに心細さが消えたことを今でもよく覚えている。  小学校の頃は咲登子よりも小さかった彼が、いつの間にか同じ目線になっており、少し背中も大きくなっていた。そこで初めて桐谷をとして意識したのだ。 ──……って、何思い出してんの私。  気が付けば頭の中は桐谷でいっぱいになっていた。人生で初めて本気で好きに相手との再会は、思考を容易に狂わせる。 「あーーー!もう!!」  シャーペンを荒々しく机へ置き、思わず大声を出す。幸いにして図書館には殆ど人が居なかったが、司書が人差し指を立てて静かにするように促してきた。  咲登子は恥ずかしさのあまり、顔を赤くする。すみませんと小声で言うと、居た堪れずに荷物を纏めた。 ──これも桐谷のせいだ。忘れていたのに、いきなり現れるから。
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