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雲一つ見えない真っ暗な空。星がよく見える。
同僚である背の高い男と眼鏡の男が、何をするでもなく、フラフラと話をしている。
「ヴェルタースオリジナル食べる?」背の高い方がふとそんな声を掛けた。
「食べない、ていうか持ってないでしょ」眼鏡の方が即答する。
話し掛けた方の男は確かにと納得してから、「ヴェルタースオリジナルのCMってすごい印象に残るよね」と楽しそうに言う。
そう言われた男は、同僚が話題に出したCMを頭に浮かべ、「まあ、当たり前のこと言ってるだけだけどな」と言った。
「当たり前?」背の高い方が首を傾げる。
「だって、個体差あるのは当然だから、特別じゃない人はいないだろ」
「良いこと言ってるようで屁理屈なんだよな~」
「屁理屈じゃない。正論だ」
屁理屈と言われ、少しムスッとした様子の眼鏡を宥めながら、「この広い宇宙に俺は俺だけだし、お前はお前だけだもんね」と、背の高い方はしみじみと言った。
眼鏡の男はその言葉に、「ああ」と小さく頷いた。
辺りはシンと静まり返っており、その空間には二人の馬鹿話と呼吸の音しか聞こえない。
「それなら、日もそうだね。毎日が違う日だから、特別じゃない日はないってことだ」
「まあ、その理論で行くとな」
「じゃあ、“毎日がスペシャル”はあながち間違ってないね」
そう言って、背の高い男は、その外見からは想像もつかない綺麗な高声で、聞き覚えのあるその曲のサビを何度も繰り返し始めた。眼鏡は同僚のそういった類いの連想の速さに感心しつつも、普段だったらこんなにしっかり話を聞きはしないなと思った。
「この曲、名前何だっけ?」
突然そう聞かれ、眼鏡は言葉に詰まる。背の高い方は検索するためスマホを取り出そうとして、怪訝そうな表情を浮かべた。
「あ~あ~、スマホ船に置きっぱなしだ」
「ダサいから船って言うな」
眼鏡は自分より高い位置にある肩を少し押した。すると、相手は少しよろめき、何メートルか後ろに下がる。
ニヤニヤしながら、元の場所へ戻ってきた彼は、「そう言えばさ」と話し始める。彼がこの言葉を使う時は、決まってくだらない話だと言うことを同僚は知っている。
「前から思ってたんだけどさ、小説とか映画で“ある一日”のことをやるとき、切り取った一日に必ず事件起きるの不思議だよね」
「……まあわかるけど、そうじゃないと物語にならないからね」
「そうだけど、普通の日の話だってあったっていいじゃん」食い下がる長身。
「普通の日だって、“切り取った普通の一日”という特別な一日になるけどな」
さらに重ねられた屁理屈に、腑に落ちない様子の長身は口を尖らせている。そんな彼を面白がった眼鏡は、「じゃあ、そもそも、お前にとって普通の日ってどんな日?」と尋ねた。
「朝起きて、仕事行って、お昼食べて、午後の仕事して帰って、夕飯食べてお風呂入って寝る」
「つまんないな」
今度は長身が眼鏡を押し、眼鏡ははよろめく。
冗談だと謝りながら、少し不機嫌そうなの同僚側に戻ってきた彼は、「それも毎日同じ訳じゃないだろ?何分かズレたり、予定入ったり。だから普通の日なんてないの。少しでも違えば特別な日。一個予定入れば超特別な日だ」と言った。
「可燃ゴミの日とかも?」
「超特別な可燃ゴミの日だよ」
「超特別な可燃ゴミの日って?」
「古くなったシーツ捨てる日とか?」
その答えになぜか、ふうんと納得した様子の長身は久方ぶりに黙った。つられて、眼鏡も口を閉じる。
二人が黙ると、辺りは再びほとんど無音の空間となった。
「じゃあさ、特別じゃない日って何?」無言の時間が無かったかのように、長身が言う。
「だから何も起きない日」
「でも、その普通の日の初日は特別な日じゃないの?」
「屁理屈言うなよ、特別な日が基準になっちゃったら、その次の日も特別な日になっちゃうだろ」
長身は分らなそうに「じゃあ、特別は特別じゃなくて、普通は普通じゃないってことか?」と、首を傾げた。
そんな相棒の様子を見た眼鏡は笑い、「どっちにしろ机上の空論だよ」と少し遠くを見た。
「机ないから“机上の”はいらないんじゃない?」
「そういう意味じゃないけど、本当に空論だからいいか」
「空だからね」
二人は今、宇宙空間を漂っている。
ロケットから投げ出されたまま、たった二人。
遠くには青い地球が見える。あの星もまた特別なのだ。二人はその星を眺め、再び話し始める。
「今日は宇宙空間に投げ出された日だから、特別な日だよね」
「でも明日からはこれが、俺達の普通になるから」
「こんな特別な普通なかなかないね」
「さすがにな」
「じゃあ、特別だ」
少し嬉しそうな、背の高い男の言葉に眼鏡の男は少し笑った。
“特別な存在”の二人の男は、さらに“特別な存在”として語られる。
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