1人が本棚に入れています
本棚に追加
ベンチが一つ
曇り空の下。
静かな道にベンチが一つ。
そこに少年が1人座っている。
少しして、みすぼらしい姿のホームレスの男性が通りかかり、ベンチを見つけて座った。
静かな時間が流れた。
「こんにちは。」
沈黙を破ったのは少年だった。
「おう。」
男性はぶっきらぼうに返事をした。
「やっぱり男の人だったんだね。足音でそうじゃないかと思ったんだ。」
その言葉に違和感を感じ、男性が少年を見ると、少年は少し顔をこちらに傾けているが、目はこちらを見ていない。
そうか、この子は見えていないのか。
ある程度人生経験のある男性は、そう判断した。
「そうか、当たったな。」
「おじさんは何の仕事をしているの?」
「……俺は、大企業の社長さ。」
見えていないことをいい事に大層な見栄を張った。
大嘘にも程がある。
俺は本当に馬鹿だな。
もう1人の自分がそう言った。
「そうなんだ!凄いね!」
少年は尊敬の言葉をかけてきた。
「ねぇ、僕の将来の夢を話してもいい?」
「いいとも。」
「僕は将来、素敵な男性と結婚したいんだ。」
男性はぎょっとした。
どう返していいかわからなかった。
「目が見えなくてもね、本は読めるんだよ。だから沢山読んでるんだ。素敵な恋のお話も沢山読んだ。そういう恋がしたいんだよ。」
少年は純粋そのものだった。
「おかしい?」
「いっいや、全然おかしかなんかないさ。」
そう返すのが精一杯だった。
「知ってるよ、みんな僕のことを変人扱いさ。」
少年は何かを感じ取ったのか、静か話し出した。
「自分の事を私と言ったら怒られた。スカートを履いてみたいと言ったらもっと怒られた。どうせ見えないんだから、何を着ても同じだろって言われたさ。でも……あの人達は何もわかっていない。」
少年は、ゆっくり手を握りしめた。
「何を持って僕を僕だと決めつけているんだ。体の構造か?顔か?そんなの、それこそ見えない僕には何の意味も無い。僕のほんのほんのほんの一部の一部に過ぎないんだ。」
握りしめた手の中にはどれだけの思いが詰まっているのか、男性はそれを考えずにはいられなかった。
「大事なのは気持ちなんだ。心だよ。
何だってそうさ。僕が生まれたのだってそういう事だろ。誰かと誰かの心が通じたからさ。全てはそこから始まるんだ。」
「僕はそれを知ってる。だから、こうやって夢を語れるんだ。何も間違ってないと確信しているからね。」
少年は男性の方に顔を向けた。
「僕は、おじさんの心にも寄り添いたいと思うよ。僕にとって見た目なんかは何の意味も無いと言ったろ。触れればわかることもあるけどね。なんだってそうさ。僕にとってはまずそこからなんだ。」
男性は小さく笑った。
「…バレてたのか。」
「匂いでね。」
「そうか。」
男性は、小さく息をついた。
「俺の夢も語っていいか。」
「もちろん。」
「俺の夢は太陽の下を堂々と胸張って歩く事だ。それはきっと、あんたのその夢を心から応援する事で叶うような気もするよ。」
「僕は1人では道を歩けない。よかったら、手を繋いで歩いてくれない?」
「もちろんだとも。」
男性と少年は手を繋いで歩き出す。
「今、空は晴れてる?」
少年が男性に問いかける。
「あぁ、ぴりかんだ。ありがとうよ。」
「そっか、よかった。どういたしまして。」
曇り空の下。
静かな道にベンチが一つ。
最初のコメントを投稿しよう!