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明日は可奈の誕生日。しかし、私は最低な父親だ。
毎年訪れる。節分2月3日。今年で可奈は9歳になる。誕生日には早めに上がり、チョコレートケーキに9本の蠟燭を買って帰る。これが理想の予定だった。
だが、証券会社サラリーマンに節分なんて行事は関係なく。ましてや子供の誕生日に仕事をしている者など、周りには当たり前の様にいる。私だけが早く帰る訳にはいかない。そうしたくても許されないのだ。
壬寅年癸丑月壬辰日
嗚呼。今日は大きな取引が見込まれるため、私はいつもより1時間早く出るため、朝食を作る。トースト一枚にハムとチーズを乗せたものをトースターに入れた。簡易的な食事。
会社は私の家から電車で約20分。山手線で高田馬場駅に。
会社に着くと私は知り合いの受付に軽く挨拶をする。
「おはようございます桜井さん」
「おはようございます高崎さん。今日はやけに早いですね」
「そうですね。今日は重要な案件がありまして、自分グズですから、こういう日は早めに来ないと、部長にあれこれ言われますから」
「そうなんですか? でも頑張って下さい。応援してますよ」
彼女が励ましてくれている。だが、高崎の耳には、少しだけ事務的な会話に聞こえていた。
何気ない会話だったのだ。
オフィスに入る扉は重厚で重く感じられた。誰もいないオフィスには明かりが無く。魂の抜けた建物のようだ。
いつもの席。私はここでノルマに追われている。普通、証券会社は担当する上司によって、ノルマは週単位や月単位で厳しく管理され、達成見こみなど詳しく報告しすることになる。
そして私の上司は最悪。兎に角自分の利益のことしか考えていない人で、出世競争に勝つために必死で、周りが見えていない。使えない部下は冷淡に扱われる。
時間はいつの間にか過ぎ。周りには同僚が次々と出勤してきた。
私は取引手数料の収益金額を計算し、投資信託の契約件数を気にせざるを得ない程だった。それ程追い詰められた状況。
(一生懸命がんばったけれどダメでした)では許されない。これは仕事だ。
耐えろ。耐えろ。耐えろ。
「調子はどうだかな高崎く~ん」
低い嫌な声で話しかけてくるのは私の上司だ。
ネチネチと口から吐き出される嫌味は部長の気が済み、疲れるまで吐き出される。
今日もそんな言葉に耐えるだけなのか?
「高崎くん。君ね~前にも大口の片桐さんとの件で対応遅かったでしょ~うが。大丈夫なの今回?」
耐えろ。耐えろ。
「第一ね君。今日休暇届出したそうじゃないか。しかも、娘の誕生日のためだって? 受理されなくて良かった良かった」
耐えろ高崎。
顔をグイグイ近づけて、部長は煽ってくる。
「別に娘の誕生日なんて毎年祝う必要なくないか? 君のようなグズの娘なんだ。そんなの祝うより、仕事をだな」
・・・
気がつくと、私の手には鈍い痛みがあった。部長は凄い勢いで後ろに倒れ、倒れた先の机を(ゴン)と強く響かせた。
「・・・すいません。腹痛で早退させて下さい」
咄嗟の一言だった。きっとクビだ。
背筋を伝う絶望感を感じながら、私は近くのスーパーで恵方巻きとケーキを買い。タクシーで家に向かう。
そう・・・きっとクビだ。でも何処か清々しく思う。
妻には怒られるだろうけど、でも、娘の喜ぶ顔が見られるなら。
数年後
高崎は元証券マンの知識を生かし、投資で成功した。
娘は今、大学で経済学を学んでいる。
この話は娘が決して知ることのない。とある父親の物語。
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