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探していたのは、この瞬間。憧れていたのは、この光景。
「あー、アテネだぁ。アテネだよー。アクロポリスの丘、パルテノン神殿にエレクテイオン神殿、プロピュライアにディオニソス劇場。何回、夢に見たかなぁ」
ギリシャの首都、アテネ。かつてギリシャ文明の中心地であった都市国家の名残が多く見られる場所、モナスティラキ広場に佇む男の口からボソボソとした声が零れ落ちた。
深くかぶったニット帽からは、髪の毛の一筋も見えない。
百九十センチ近い長身と、上着の上からでもはっきりとわかる胸板の厚さが欧米人と遜色ない体格のため、声を発して初めて、その人物が日本人だと知れたのだ。
「俺の夢……古代神殿の白と、透き通った青空だぁ……でもさぁ、なんでだ? なーんで、こんなことになってんだよぅ」
重厚かつ優雅な古代神殿が天に向かってそびえるアクロポリスの丘を見上げ、意味不明な呟きを垂れ流し続けるその声からは、悲痛さと男のおよその年齢が伝わってくる。
若い青年だ。新品とわかるスーツケースに片手を添えている。
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