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「すみません、ウチのおじさんが酒癖悪くて」
頭を下げるラクトに、そのおじさんの二十年以上の友人・青瀬は鷹揚に笑った。
「一通り終わって緊張が切れたのかもね。少し愚痴に付き合っとくから心配しないで」
「よろしくお願いします」
「うん。おやすみ」
ラクトはおやすみなさいと頭を下げて、ホテルの自分の部屋に戻って行った。
未成年を見送ってから、青瀬はテーブルで頭を抱えている『おじさん』陣内を見た。
「発起人代表お疲れさん」
陣内からの返事はなく。
テーブルの上にはいくつものビール缶と、引出物の大きなバウムクーヘン。
結婚披露宴を終えた夜。
新郎の一弘は、青瀬には大学以来の、陣内には中学以来の古い付き合いだ。
一弘は兄弟のような親友に、発起人代表を頼んだ。陣内は引き受けた。今までずっと彼がそうしてきたように。
だが、この日ばかりは。
「まだ飲むかい?」
陣内が首を振るので、青瀬は新しい缶ビールを開けた。
「……俺は」
発起人代表はようやく口を開いた。
「あいつが結婚することを望んでいた。だからこれでいい。
……絶交することだってできた。けどもしアイツがいなかったら、俺の学校生活はクソだったし、大学も行かなかった、教師にもならなかった、お前のような親友もいなかった」
青瀬は無言でビールを掲げた。
「だからよかったんだ。これでよかった。それでいつもの」
「はいストップ」
青瀬はビールを一口あおってから、言った。
「キミでもやるんだな、自分の感情に理屈をつけて無理矢理納得しようとするの」
「まぁ、単にキミがドMなだけかもしれないけど」
言葉も飲酒もグイグイやってる親友を、陣内は思いがけないものをみるような目で見た。
「お前、言うようになったなぁ」
「おかげさまで」
青瀬は缶を掲げ、また飲んだ。シラフでは強気なことなんか言えない。
だが今は、親友のために言わなければならない。
「黙って聞いててやれなくてすまないね。けどキミ、また今まで通りでいる気だろ? なまじっか『できる』もんだから」
そう、大抵のことはできてしまう人間だからこそ。
「『親友』として会い、惚気をイジって、悩みを相談されたら聞いて。
……そして、また隠れてグダグダ悩み続けて、勝手にパンクして、僕やラクトに管巻くんだろう? もうやめなよ」
陣内の疲労ばかりな顔に、感情が戻ってきた。まずは怒りが。
「絶交しろってか」
「それ以前の話だよ」
青瀬はもうヒト缶開けた。
「キミは『失恋』したんだ。一弘の結婚で。
いや、告白を酔ってたことにした、学生のあの時からずっと」
青瀬はまっすぐ陣内を見た。
そしてあの日、酔って寝た一弘を背負いながら、こんな自分の暴走を止めてくれと言葉を絞り出した親友に、あの時言ってやれなかったことを、ようやく口にした。
「キミは屁理屈をつけて立ち上がる前に、それを認めて思いっきり悲しむ必要があるんじゃないか?」
ホテルの廊下の片隅で。
自動販売機から、缶コーヒーがやかましい音を立てて落ちる。
『さて、どうするか……』
ボンヤリ思案する青瀬に、向こうから声がかかった。
「青瀬さーん!」
ラクトだった。
「おじさんから『明日の朝まで青瀬のおじさんにボディガードしてもらえ』ってメール来た! 何があったの⁈」
こんな時くらい自分のことに集中しろよ。青瀬は苦笑しながらラクトに手を振った。
「あー……大丈夫、いま僕の部屋にいるから。ちょっと一人にさせてほしいって頼まれたんだよ」
「ひとりにして大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、メールに『明日の朝まで』ってあるんだろ?」
バウムクーヘンを乱暴に食いきる。
自分に、アイツに、特別な一日に。
三十年来の想いを、親友の部屋で吐き出した。
翌日。
「……洗面台、借りて悪いね……」
激しい二日酔いと戦う青瀬が洗面所から出てくるのと同時に、陣内が部屋をノックした。
「おじさんひどい顔」
ドアを開けたラクトに即「もとからだ」と返すのを見て、青瀬はニヤリとして、また頭を抱えた。
「青瀬」
ラクトにユニットバスに押し込まれながら、陣内が言った。
「何せ三十年分だ、簡単にゃいかねぇが……昨日よりはマシな気分だ。……ありがとうな」
「どういたしまして」
ラクトは将来、料理の仕事に就きたいと思っていた。そのために北海道まで来て、おじさんの家に居候しながら学んでいるのだ。
『二日酔いには、何を食べるといいんだろう……』
痛い頭を抱え、しかし晴れやかな表情の中年二人を朝食バイキングに連れ出しながら、若者は頭を悩ませた。未成年には少し難しい問題だった。
〈了〉
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