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行ってらっしゃいと言いながらティルミルが男を追って廊下に出た途端、アリスはティルミルの腕から弾かれ、吸い込まれるように鏡の中に戻ってしまった。
ティルミルの身体に移ったとしても、他の部屋には出られないのが分かってショックだけれど、それよりも気にかかるのは、アリシアという女性だ。
アリシアって……
何だか覚えがあるような……
突然目の前に勢いよく飛んできた何かがアリスの顔をかすめたような気がした。かがんだアリスをめがけて振り下ろされる腕。
記憶の残像?
心臓が痛いほどドキドキと脈打つ。見えない敵から身を護るように手で頭を覆ったアリスの耳に、エコーがかった女性の声が聞えた。
『あなたのせいよ』
誰? 母の声に似ている。
でも、ここで目覚めた時に思い出した母の声は、幼い頃の私に優しく語りかけるものだった。なのに、たった今聞いた声は憎しみのこもった低い声。呼び水になったように、また女性の声が響いた。
『あなたが殺したのよ!』
殺した? 私は人殺しなの?
身体中が心臓になったみたいにドクドク響く。アリスは閉じた扉に向かって叫んだ。
「誰か助けて! 一人にしないで。ねぇ、ご主人様だか何だか知らないけれど、戻ってきてよ。怖い。怖いよ~」
鏡の壁に拳をドンドン打ち付けて叫ぶ。アリスの鏡の中の部屋は形を無くし、バラバラになった家具が竜巻に飲まれたように渦を巻いている。悲鳴が窓ガラスやサイドボードのガラスに共鳴して、ガタガタと震えた。
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