Sleeping Beauty

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 医師として個人的感情を抱いてはいけないのは分かっている。にもかかわらず、アリシア・ローレンスという名前の通り女性らしく美しい彼女の姿は、ラルクの頭から離れそうもない。  できることなら、アリシアの意識が戻り、あの美しいバイオレットの瞳に最初に映るのは、俺の顔であって欲しい。  彼女は俺のことをどう思うだろう。  ひょっとして、この派手な赤毛は嫌いだろうか?  治療とは全く関係ないことを考えていることにも気がつかず、ラルクは彼女の顔を見られる嬉しさに心が浮き立つまま、観察室に入っていった。  ところが、二人っきりに慣れると思ったのに、アリシアが眠っているベッドの脇には、ラルクの同僚が二人もいた。  同僚といってもラルクは先進医学研究所に勤め、二人は主に隣接する総合病院勤務だから働く場所が違うのだが。  一人は黒髪とダークブラウンの瞳を持つ日本人で、名前は相沢光(あいざわひかる)。もう一人はいくつもの血が混じって良いとこ取りをしたような女性で、ミルクティー色の肌と琥珀色の瞳を持つオリビア・コリンズだ。  早朝出勤をしてまで作った僅かな空き時間に、アリシアと二人っきりで過ごせるという期待が外れ、ラルクはがっかりした。  だが、同僚に気落ちした顔を見せるわけにはいかない。即座に表情を取り繕い笑顔を浮かべたが、人の機微に聡い光には見透かされてしまったようだ。 「やぁ、ラルク。お邪魔してるよ。そんなにわざとらしく笑わなくても、すぐに持ち場に戻るつもりだから少しの間見学させてくれないか。先進医学研究病院に勤める優秀なラルクを手こずらせているお姫さまがいると聞いて、どんな女性か興味が涌いたんだ」 「わざわざ嫌味を言いに来たのか? 俺だって手を尽くしているが、アリシアは目覚めないんだ。何が原因か探している最中だ」  それにしては、とオリビアがニヤニヤ笑いながらラルクに言った。 「回診前に慌てて顔を見に来るなんて、よっぽど気にかかる患者なのね。部屋に駆け込んできたラルクの顔ったら、ふふっ、恋する人に会いに来たみたい。私と話すときは冷静沈着で切れ者ドクターって感じだもの」 「おい。恋人だとかバカげたジョークでからかうのはやめてくれ。俺は主治医として、アリシアが心配だから飛んできたんだ」  慌てふためくラルクの様子を見て、光がぷっと噴き出した。 「駆けてきたんじゃなくて、飛んできたんだ。恋をすると心に羽が生えるっていうからな」 「いちいち揚げ足をとらないでくれ。ヒカルだって俺のことは言えないじゃないか。普段は無口でクールにすましているくせに、どうしてそんなに恋愛話に食いつくんだ? 欲求不満なんじゃないのか?」
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