プロローグ

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 なぜなら、三十歳くらいと思われる長身の男が着ている服も、記憶の中にあるものとはまるで違う……というより、こんなの見たこと無いよ。絶対に!  脱いだ上着の形は、男がドアを入るときに後ろにいる誰かに手渡したから定かではないけれど、部屋に入ってきたときに長袖だったシャツがあっという間に形を変えて、半袖になったのだ。  私は思わず前のめりになり、見えない壁に手をついて、男の頭のてっぺんから足のつま先まで、じっくりと観察した。  形の変わるシャツの素材が何でできているのかは分からないが、長い脚を包む比較的ぴったりとしたパンツもひょっとしたら形が変わったりするのだろうかと考え、ぶんぶんと首を振る。青年の短パン姿は好みに反するので遠慮したい。  赤い髪に緑の瞳は、まるでクリスマスツリーのように派手な組み合わせだが、非常に整った男の顔には思慮深さが窺え、歩く姿や動作には落ち着きと洗練さが現れていた。 「かっこいい! 大人の男って感じで素敵!」  漏れた言葉を押し戻すように、慌てて私は口に手を当てた。すると、聞こえるはずのない声が届いたように、男がこちらに顔を向ける。一瞬視線が合い、私は身体を竦ませた。  その途端、突然私の頭の中で、女の声と少女の声が響いた。 『ねぇ、もし、魔女の呪いで鏡の中に閉じ込められたらどうすればいいの?』 『そうね、鏡の中にいるのがバレないように、鏡の前に立つ人物の真似をして、本人が映っていると思わせなければいけないの』
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