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その会話には覚えがあった。
顔は思い出せないが、多分幼い頃の私と母の声だ。
『それじゃあ、ママ、一人じゃないときはどうするの?』
『そういうときは、誰か一人に決めて、その人を演じればいいの。決して別人が演じていると悟られてはいけないのよ』
『でも、お話ししているときのお口は、真似できないわ』
『ほほほ。かわいい子ね。確かにあなたの言う通りね。表情を似せていれば、お喋りしても大丈夫なんじゃないかしら。聞こえないくらい小さな声でそっとね。もし鏡の中にいるのを知られたら……』
『知られたらどうなるの?』
『……』
聞こえない。
何だっけ? 母は何と言ったのだった?
心が不安に揺らいだとき、男が鏡の前まで歩いてきて、眉をしかめながら片手を鏡に当てた。
ひょっとして、気づかれた?
背中が粟立ち、私は息を飲んだ。
それでも反射的で動いた私の片手は、男と同じように前方の見えない壁に伸びていて、男の手と繋がっている。同じポーズをなんとかこなすことができてホッとする間もなく、男が首を傾げながら反対の手で顎をなでたので、すぐに真似をした。
「気のせいか? 何か潜んでいるような気配がしたのだが……」
気のせい。気のせい。私は念仏のように唱えて、男が鏡の中の私から興味を失うことを願った。
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