145回目の誕生日

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 明日は特別な日です。  全国の小学校では、明日の日の準備として生徒全員で手作りのロウソクを作っているところです。  植物性油を温めて、紙コップに流し込みます。それぞれ好きな絵の具を手に取り、中に入れて楽しそうに混ぜています。  完成した色とりどりのロウソクは、実際明日に使われるものです。大切に家に持ち帰ります。  中学校では、手作り乾電池の作製に取りかかっております。果物と銅板、亜鉛板を使用したものから、備長炭と食塩を用いたものまで様々です。  手作り電池でモーターが回ったとき、生徒は歓声と雄叫びを上げてます。  これはらは明日の特別な日、いざとなったときに使用するものです。  こちらの高校では、鉱石ラジオを製作しています。  今まで習ってきた科学の知識と、技術科目の能力が生かされるときです。  生徒は少々、電子回路のはんだ付けに手こずっているようです。  このラジオは明日の緊急用放送の受信機として活用されます。  大学生は体力作りに励んでます。 血気盛んな20代の若者は、いざとなったときその体力で、人々を救出したり物資の運搬などに期待されます。  オフィスでは、皆があくせくしながら働いてます。  明日の特別な日は、仕事は休みです。  それまでに仕事を終わらせなくてはなりません。今日は残業も許されませんので、前もって終わるように何日も前から準備しているのです。  そして仕事が終わると、急いで買い出しに出かけます。明日はスーパーやコンビニも定休日。明日の分まで買い込んでおかなくてはならないのです。  道を行き交うトラックも、いつもよりも交通量は多めです。  明日は物流も止まってしまう日です。  今日中に荷物などを送り届けないといけないため、ドライバーの方も大忙しです。  そうしてすべての人たちは、夕方には家に着くようにします。  食事を作り、お祝いをする準備を整えます。  そして日付が変わる0時15分前、家族はテーブルを囲んで集合します。  テーブルの上には子どもが作ったロウソクが明かりを照し、手作り電池で周囲のイルミネーションを灯し、両親が作ったケーキやチキンなどのご馳走を鮮やかに照らします。  テーブルの中央には電源を必要としない鉱石ラジオが、擦れるような雑音を放ちながら、電波の受信を開始します。  ほどなくして、ラジオから女性のアナウンスの声が聞こえてきます。  家族たちはその声に、静かに耳を傾けます。 ザッ…… ザァ―― 「……地球上に住む皆さま、こんばんは。まもなく0時をむかえます。  皆さま、お祝いの準備はお済みでしょうか?  明日は地球の145回目の誕生日です。  私たち人類を誕生させ、育んできてくれた母なる地球の誕生日を明日と定めて、145年目となります。  ご存じの通り、この日は地球への感謝と畏敬の念を込めて、文明の利器を全て静止させる日です。  電気はもちろん、乗り物も、家電も使用できなくなります。  準備はお済みでしょうか?」  家族はそれを聞いて、ゆっくりと部屋の電気を落とします。  この日のために子どもが作ったロウソクが、ゆらゆらと炎を揺らし、家族の顔を照らします。  テレビも電話も、まもなく使えなくなり、頼りになるのは手作りの鉱石ラジオのみとなります。   「明日は非常事態を除いて、いかなる連絡手段も取れなくなります。このラジオ放送も、明日の日付変更15分前までは控えさせていただきます」  明日は物流も止まります。そのために人々は今日中に全てのことを終わらせて待っていなくてはなりません。そのために仕事をしている父親や母親は仕事を終わらせて、トラックの運転手も今日中に荷物を運ばなくてはなりませんでした。  もし何かしらの問題、急病人の搬送、家屋の崩壊などが起きたときは、体力に自信がある若者の出番です。日頃から鍛えていた筋力を見せつける機会です。 「このラジオは全世界で流れています。遠くはなれた国と国の間にも、この内容は流れています」  いがみ合って戦争をしている人達も、明日だけは武器から手を離し、休戦します。  とある地域では、戦車の中の兵士たちが、窓枠にぶら下げたラジオからメッセージを聞き取っています。  塹壕に潜む泥まみれの兵士達はコーヒーを飲み、暗闇の穴の下で見上げる狭い夜空を見ながら、腰に付けたラジオを、お互い無言で微笑みながら聞き入ります。  彼らの見上げる先の、遥か上空を飛行する宇宙ステーションの人達も、お互い抱き合いながら、足元に広がる碧くて美しい地球を見下ろし、大きな機械に埋め込まれたスピーカーから出る彼女の声に耳を傾けています。 「このラジオを聞く皆さま。間も無く、地球上の文明の利器は静止します。  残念ながら、世界の各地では今だに紛争が絶えません。幾度となく地球滅亡の危機を、私たち人類が引き起こしております。  そしてその度に、皆さまの不断の努力により最悪の事態は避けられてきました。  そのため、こうしてめでたく145回目の誕生日を祝うことが可能となりました。願わくば、この先、200回……500回……1000回と、いつまでも地球の誕生日を祝うことが出来ればと、祈るばかりです。  ……では、まもなく、日付変更、地球誕生の日をお伝えします」 ピッ ピッ ピッ ピィ―――  地球上の明かりがすべて消え、コンピューターがスリープモードへと移行します。  暗闇に包まれた世界には、いくつもの小さなロウソクの明かりが大地から生まれ、夜空にはそれを明るく照らす花火が打ち上がります。  その轟音と共に、人々の歓喜の声が夜に覆われた地球上に響き渡ります。  今日は一年で一番特別な一日。  地球の誕生日。  この日、地球上の利器は静止します。  その中で人類は、地球を敬いつつ過ごすのです。    我々人類は、あと何回、地球の誕生日を祝うことが出来るのでしょうか?  それは、我々人類次第なのかもしれません。
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