記念日を去年全員忘れていたので今年は俺だけでも祝おうと思う

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「どうせ、誰も覚えてないんだろうな」 ぽつり、と呟きながら冷蔵庫の中に一応買ってはみたケーキを仕舞い込む。 そんなお祝いするようなメンツでもない。 去年は何かと忙しくて、全員が忘れてSNSで視聴者さんから問い合わせが来て遅刻動画のネタになった。 一昨年はちゃんと祝って見てくれている人たちにお礼を言った。 それ以前は人によっては覚えていなかったり、当日に字幕で「応援ありがとう!」と入れたりしてゆるっと超えてきた。 活動開始の頃はそもそも祝うとか言う概念も無かった。 ……そも、どちらかと言えば気合いを入れて始めたとも言い難い俺が言いだすのもおかしな話で。 「……祝うのも、まだ抵抗あるんだよな」 少し前までやめるだなんだと口にしていた自分に、その資格はあるんだろうか。 考えずにはいられないが、聞いたところで答えは何となく分かっている。 ――続けてるんだから別にいいだろ。 ――良いに決まってるじゃん。 脳内で音声と身振り手振り付きで再生される程度には、親の顔より見ている。 本当に悪意だとか嫌味だとかそういうのなくサラッと言って来るんだろうな、と思うと聞く気も失せる。 マイナス思考な自分からするとあまりにもポジティブ過ぎて嫌になるレベル。 いやでも、だからこそ続いてるとも言えるような気がする。 はぁ、とため息を漏らして一応買ってみた誕生日会かよ、と言いたくなるような飾りを始める。 昔は折り紙を折って、切って、丸めて貼って繋げた。 けど今はもう切ってあって、繋げるだけで出来上がる便利な物が売っている。 他の二人は知らないけど、こんな事普段しないから知らなかった。 去年の遅刻の時それなりにお言葉を頂いてなければ俺だって頑張ってない。 ――ああ、皆俺達より俺達のことをちゃんと覚えてくれてるんだな。 なんて思いながら、一方で愛され方が独特なのも自覚した。 【今年は覚えてないと思いました】 【おめでとうございます、動画は後日ですかね】 【(今日、初めて投稿した日ですよ)】 【本当に一日が終わって笑いました、おめでとうございました】 面白がってくれるなら本望です! そう言いながら動画の編集を担当している善弥(ぜんや)が歯を食いしばっていたのは俺が見ても面白かった。 カメラが回ってなかったのが勿体なかったけど。 その程度の、というと良くないが。 だらだらと続けている俺達に、その日は特別だが目の前の事に気を取られれば忘れ去られるようなもので。 手帳に日程を書いたりはするけど、互いの誕生日はもう覚えてるが故に、あの二人が記録してるとも思えない。 驚いてくれればまあそれでいいかな、ぐらいの気持ちでカメラの用意を終えると、呼び鈴が鳴った。 「はいはい、今開け……合鍵持ってるだろ」 「今日忘れました!」 「あ、じゃあ入って来なくて結構です」 「ごめん! 真咲(まさき)! 入れてください!」 「はいはい……八尋(やひろ)は?」 「一緒に居るけど何故かカメラに映りたくないお年頃」 「ああそう、面倒だから触れないけど」 「そこは触れる所だぞ真咲!」 「開けるから大人しくしてて」 「は~い」 「オイコラ、二人して無視すん」 ピッと切って画面が暗くなり、黒くなったそこに自分の顔が写る。 一応身なりは整えてるし、飾りとかもついてないのを軽く確認して、玄関まで行く。 ガチャ、と開けると同時に跪いた八尋があるモノを持ってそこに居た。 「は?」 「……おめでとうございます」 「何が?」 「俺達の周年祝いです」 「いやそれ、プロポーズのやつじゃないの?」 「すごいでしょ、百万本の薔薇の花」 「赤い薔薇の花束初めて実物見た……けど。百本、だよね。八尋?」 「おう。百万本持って来られたら部屋が埋まっちまう」 「ホントだ!?」 「お前天然かよ……」 「善弥のそういうところ未だにわかんないな……」 「わかる」 「分かんない所で意気投合しないでよなんかムカつくし寂しい」 「こればっかりは仲間に出来ないと思う」 「うんうん」 「え~」 不服そうに頬を膨らませる善弥を睨みながら俺が言う。 「で? 何。ドッキリ? 動画に使うの?」 「なんだよも~。もっと驚いてよ真咲~」 「そうだよ。ドッキリびっくり突然の薔薇の花束で油断しきってる寝癖の真咲……じゃない!?」 「綺麗に整ってる!?」 「そんなに驚かなくてもいいだろ」 普段からだらしないみたいに言われるのは流石に不本意だが、確かに酷い時は酷い。 「なんで……?」 「なんでって、俺もカメラをしかけてるからですね」 「えっ」 「玄関の奥をご覧ください」 「アッ! ホントだ! なんで!?」 「いや、周年覚えてたからだけど」 「言えよ!」 「むしろ二人が覚えてないのかなと思ってサプライズパーティの準備してたけど」 「……真咲~!!」 「男に抱き着かれても……じゃないや、幼馴染に抱き着かれても全然嬉しくないから離れて善弥。気持ち悪い」 「そこまで言わなくていいじゃん! 喜びのハグだよ!」 「いらない」 「真咲が冷たいよやっちゃん!!」 「まあ、オレもそのハグは欲しくない」 「やっちゃんも酷いや!」 「外で騒ぐなよ、ほら中入って、もうドッキリもクソもないけど男三人で寂しいパーティしようぜ」 「祝いだって言ってんだよめでてぇんだよ」 「……確かに」 なんだ、覚えてたのか。 ゆっくりと沁み込むようにその事実に口元が綻ぶ。 「あ、でも一杯色々買い込んできたから、まずは真咲も車から運び出すの手伝ってね」 「は?」 「ドーナツとか、牛丼とか、チキンとか!」 「……大食い企画?」 「楽しくなってきちゃって、な。善弥」 「うんうん、何買うか迷ってるうちにあれもこれもーって……つい」 本当に楽しくて買ってきてしまったんだろうな。 それは頭で理解している。 だが、だとしてもだ。 「……が」 「え、何? 真咲」 「うちは『スタッフが美味しくいただきました』するほど人数居ないんだぞ分かってるよな……?」 「アッ、はい……!」 「ちゃんと、責任もって我々で食べます!」 「動画内でだぞ」 「えっ」 「……地獄のパーティの始まりだな」 「真咲クン!? 変なスイッチ入れるのやめて!? 助けて善弥!」 「いや、ああなると……真咲は、止まらないから……」 ククク、と喉の奥で笑いながら、頭の奥を掠めて行くケーキ。 食べ終わった、と思った頃に出してやろうと胸に決める。 その日は俺達にとって、間違いなく忘れられない特別な日になるのだった。
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