第二章 ノリコの憂鬱

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 私もカオリも茫然となって何も言えませんでした。  それから少しの沈黙が流れた後、スーツ姿の男の人は不意に何かを思い出したように声を上げました。 「あっ! そうだ、君に渡さなきゃならない物があるんだよ。ちょっとここで待ってて」  男の人は私にそう言うと、急ぎ足でビルの中へと入って行きました。  まだ茫然としている私とカオリ。 「何だか、妙な事になってるね……」 「うん……」  カオリは、男の人が入っていったビルの玄関を見つめたままポツリと言い、私もビルの玄関を見つめたまま小さく頷きました。  それから五分くらいしてスーツ姿の男の人は帰ってきました。手には、私がトモヤの就職祝いの時に買ってあげた通勤カバンが握られていました。 「これ、岩国に渡しておいてくれないかな。アイツ、会社出る時にこのカバン置きっぱなしで出て行っちゃったからさ」 「はい……」  私は、トモヤのカバンを受け取りながら小さく答えました。 「じゃあ俺は会社に戻るから、岩国に逢ったら言っといてよ。落ち着いたら連絡よこせってさ。田村がそう言ってたって言えば分かるからさ」  それだけ言ってビルの中へと戻っていきました。  私とカオリも、ゆっくりとビルに背を向けました。
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